1カ月ぶりの故郷のレバノン、大渋滞
投稿者: yankeejapan 投稿日時: 2006/08/15 20:24 投稿番号: [95059 / 118550]
1カ月ぶりの故郷へ
停戦発効のレバノン、大渋滞
2006年08月15日10時31分
1カ月ぶりの我が家へ――。停戦が実現した14日、レバノン南部に通じる高速道路には、学校や知人宅で避難生活を送ってきた避難民らの車が殺到し、大渋滞となった。イスラエル軍の空爆で各地で寸断されているため1時間に1キロも進めない状態だが、いらだちながらも表情は明るかった。
ベイルート近郊の小村ナアメ。首都からわずか12キロ、普段なら10分の距離だが、3カ所で道路に大きな穴が開き、脇道の迂回(うかい)路を通り抜けるため、計5時間を要した。上下車線とも、家財道具や衣類を満載した南向きの車で埋め尽くされ、後戻りもできない。
避難生活中、教室やテントで寝るために使ったマットを車の屋根に積んだタルヒナさん(42)が5人の子供を含む一族9人で目指す自宅は、イスラエルとの境界線に近いナバティエ。120キロも先でいつたどり着けるのか、家が無事なのかもわからない。「車中泊になろうと、絶対に帰る」
イスラエル側は「停戦違反があれば反撃する」としており、レバノン南部での駐留も続ける方針だ。しかし停戦が破られ、再び避難生活に戻ることを心配する人はほとんどいない。多くは「そんなことは考えたくもない」と言う。
60キロ先のティールに戻る貿易商フセインさん(33)は、「自分も戦いたかった」と勇ましかったが、停戦継続には「皆、こんなに喜んで帰宅している。抵抗戦士(ヒズボラ)は配慮してくれるはず」と期待をにじませた。「これ以上、イスラエルを刺激しないでほしい」というのもまた普通の市民の本音だ。
渋滞で疲れた表情を浮かべながら、多くの人が「ヒズボラは勝った」「苦労など大したことはない」と口にした。実は身内や知人に「抵抗戦士」がいるのも一因らしい。大学法学部生アリさん(19)は「叔父が抵抗戦士。どこかで戦っているはず。僕も志願したが断られた。戦士になるには2、3年の訓練と厳しい試験が必要だから」と誇らしげだった。
シーア派ではない人々は辛辣(しんらつ)だ。渋滞の車にガソリンを売っていた店主(38)はイスラム教スンニ派。「ヒズボラのせいで国中、ずたずただ」とつぶやいた。
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