Re: 昨晩の報道ステーション
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2006/07/28 23:59 投稿番号: [94414 / 118550]
アマデウスさん、こんばんわ。
以前モーツァルト映画(アマデウス)の件でお話した方かな。
>幣原原文では
戦争の【作戦上の詳細】は陸海軍の最高指揮官に【任されている】
ここで、任した相手つまり陸海軍の最高指揮官は、内閣総理大臣、陸軍大臣、参謀総長を兼任した東条英機のことです。統帥権のことがあるので誤読されたのでは?
うわ、そうですか、誤読というか・・・
【最高】とつく者はただ一人・・・当時天皇しかいないと思っていますので。
>これが公式回答では
>>東条が開戦の詔勅をあのように使うとは意図していなかった
>となりますが、責任者を変えて改ざんしたのではなく、原案の意味をより強調したことになります。
ああ、なるほど。
幣原氏も【天皇免罪路線】に沿って原文を作ったのですね。
しかし、以前何かの本で【二次大戦の開戦の詔勅】には
前の戦争にはあった【国際法遵守】の文言が無く、
それについて天皇が東条に聞いたところ・・・
【嘘は書けません】と言ったとか。
それを天皇は【黙認】したと言うので、つまり【布告無き、奇襲攻撃】
も【天皇容認】の元に実行されたと思うのですが?
天皇が認知しない【開戦攻撃】などあるのでしょうか?
米記者に回答した天皇の【奇襲について、自分は知らなかった・・】と主張していると思われるこの【原文・天皇の回答】は、
やはり【米紙の記事どおり】かなり卑劣なものと思うのですが?
ちょっと面白いHPを見つけたので、↓
★ウェーク島へ飛行機を輸送する200マイルの航海中、航空哨戒も実施した。
ハルゼーは、宣戦布告なしの日本の攻撃を予測していた。
東京では午後四時から六時まで連絡会議が開かれ、東郷外相は永野総長に、
「戦争開始の時間を教えてほしい。そうでなかったら外交をこれ以上続けるわけにはいきませ
ん」と訊ねた。
「よろしい、それでは教えよう。開戦日は12月8日。まだ時間があるから、戦争を勝利に導くために、何らかの外交交渉を続けるのが望ましい」
と永野は答えた。
「外交官を目隠ししたままにしていくわけにはいかないと思いませんか」
東郷の問いに、某が答えた。
「われわれの外交官は犠牲とならざるを得ない。われわれが望むのはアメリカが最後の瞬間まで和平問題を考え続けるよう交渉を続けてほしいのである。
だからわれわれは質問はするが、企図は秘密にして交渉することを希望する」杉山メモにある某が誰かはわからない。
しかし、この時点で真珠湾攻撃を「騙まし討ち」とする基盤はできたことになる。
11月30日、東条は扇動的な演説を行い、それを知ったハルは、ジョージア州のヲームスプリングスにいた大統領に電話した。
「日本からの攻撃の危険が切迫しており、ワシントンへ帰る日を早めるよう」ルーズベルトは12月1日にワシントンへ戻ることにした。
http://www.geocities.jp/skgmn435/page031.html
以前モーツァルト映画(アマデウス)の件でお話した方かな。
>幣原原文では
戦争の【作戦上の詳細】は陸海軍の最高指揮官に【任されている】
ここで、任した相手つまり陸海軍の最高指揮官は、内閣総理大臣、陸軍大臣、参謀総長を兼任した東条英機のことです。統帥権のことがあるので誤読されたのでは?
うわ、そうですか、誤読というか・・・
【最高】とつく者はただ一人・・・当時天皇しかいないと思っていますので。
>これが公式回答では
>>東条が開戦の詔勅をあのように使うとは意図していなかった
>となりますが、責任者を変えて改ざんしたのではなく、原案の意味をより強調したことになります。
ああ、なるほど。
幣原氏も【天皇免罪路線】に沿って原文を作ったのですね。
しかし、以前何かの本で【二次大戦の開戦の詔勅】には
前の戦争にはあった【国際法遵守】の文言が無く、
それについて天皇が東条に聞いたところ・・・
【嘘は書けません】と言ったとか。
それを天皇は【黙認】したと言うので、つまり【布告無き、奇襲攻撃】
も【天皇容認】の元に実行されたと思うのですが?
天皇が認知しない【開戦攻撃】などあるのでしょうか?
米記者に回答した天皇の【奇襲について、自分は知らなかった・・】と主張していると思われるこの【原文・天皇の回答】は、
やはり【米紙の記事どおり】かなり卑劣なものと思うのですが?
ちょっと面白いHPを見つけたので、↓
★ウェーク島へ飛行機を輸送する200マイルの航海中、航空哨戒も実施した。
ハルゼーは、宣戦布告なしの日本の攻撃を予測していた。
東京では午後四時から六時まで連絡会議が開かれ、東郷外相は永野総長に、
「戦争開始の時間を教えてほしい。そうでなかったら外交をこれ以上続けるわけにはいきませ
ん」と訊ねた。
「よろしい、それでは教えよう。開戦日は12月8日。まだ時間があるから、戦争を勝利に導くために、何らかの外交交渉を続けるのが望ましい」
と永野は答えた。
「外交官を目隠ししたままにしていくわけにはいかないと思いませんか」
東郷の問いに、某が答えた。
「われわれの外交官は犠牲とならざるを得ない。われわれが望むのはアメリカが最後の瞬間まで和平問題を考え続けるよう交渉を続けてほしいのである。
だからわれわれは質問はするが、企図は秘密にして交渉することを希望する」杉山メモにある某が誰かはわからない。
しかし、この時点で真珠湾攻撃を「騙まし討ち」とする基盤はできたことになる。
11月30日、東条は扇動的な演説を行い、それを知ったハルは、ジョージア州のヲームスプリングスにいた大統領に電話した。
「日本からの攻撃の危険が切迫しており、ワシントンへ帰る日を早めるよう」ルーズベルトは12月1日にワシントンへ戻ることにした。
http://www.geocities.jp/skgmn435/page031.html
これは メッセージ 94413 (dup_amadeus さん)への返信です.
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