対イラク武力行使

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偽イスラエル政治神話4

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/07/25 02:37 投稿番号: [94300 / 118550]
《私は反ユダヤ主義者だと言われるかもしれない、とグリュエンバウムは答えた。私が「亡命者」を救おうとしなかったとか、私がイディッシュ[東欧ユダヤ人]の暖かい心を持っていないとか、……言いたい人には言わせて置くが良い。私は、ユダヤ機関に対して、ヨーロッパのユダヤ主義を助けるために三〇万もしくは一〇万ポンドもの金額を割り当てろ、などと要求したことはいない。私の考えでは、いったい誰が、これだけの仕事を、シオニストに反対する方の運動に対して、やり遂げろと要求したかということだ》(『破壊の日々』)

  この見解は、ベン=グリオンのそれと共通している。

《シオニストの事業は、ヨーロッパにいるイスラエルの“余計者”を救うことではなくて、ユダヤ民族のためにイスラエルの土地を救うことにある》(前出『ベン・グリオンとシェルトック』)

  《ユダヤ機関の指導者は、救出が可能な少数者の選別に関して、パレスチナにおけるシオニストの計画の必要性に応じて行うべきだという方針に同意した》(同前)

  ハンナ・アーレントは、もっとも著名なユダヤ人の立場の擁護者としての研究と著作を発表しているが、この問題の論争にも参加している。彼女は、『イェルサレムのアイヒマン』[日本語訳題]という本を、この論争の場に提供した。彼女は、この本の中で、その三分の二がシオニストの指導下にあった“ユダヤ人評議会”(ユーデンラート)の受動性と、さらには加担の有様を示した。

  イザイヤ・トランクの著書『ユーデンラート』によると、《フロイディガーが計算したところでは、ユダヤ人評議会の指示に従わなければ、ユダヤ人の一〇〇分の五〇の救出が可能だった》(『ユーデンラート』72)

  興味深いことに、ワルシャワ蜂起五〇周年の式典の際、イスラエル国家の元首[イツァク・ラビン]は、レフ・ワレサ[式典の当時のポーランド大統領]に対して、蜂起の副司令官で生き残りの一人、メレク・エデルマンには発言の機会を与えないように要請した。

  メレク・エデルマンは、すでに一九九三年に、エドワード・アルターから、イスラエルの日刊紙、『ハアーレツ』に掲載するためのインタヴューを受けていた。その中で彼は、ゲットーの「ユダヤ人戦闘委員会」の本当の唱導者と英雄が誰であったかを思い起こして語っていた。ブンドの社会主義者、反シオニスト、共産主義者、トロッキスト、ミハイル・ローゼンフェルト一家、マラ・ツィメトバウム一家、そしてエデルマンに、ポアレイ・ツィオンとハショマー・ハツァイルのシオニスト左派である。

  彼らこそが、スペイン内戦で国際旅団に志願したユダヤ人や、占領下のフランスでMOI(移民労働者)に加わったユダヤ人たちと同様に、自らの手に武器を握ってナチズムと戦ったのである。

“世界シオニスト機構”議長に続いて、“世界ユダヤ人評議会”議長となったナフム・ゴールドマンは、『自伝』の中で、チェコの外務大臣、エドゥアルト・ベネスと一九三五年に会った際に、ベネスから非難を受けた経過を、ドラマチックに語っている。その際、ベネスが非難したのは、シオニストが“ハアヴァラ”(移送協定)でヒトラーヘのボイコットを破ったことと、世界シオニスト機構がナチズムに対する抵抗運動の組織化を断ったことに関してである。

《私の人生には、辛い会談に参加した経験も数多いが、あの二時間ほどに不幸で不名誉に感じたことはない。私は、全身のすべての神経で、ベネスが正しいと感じていた》(ナフム・ゴールドマン『自伝』)
(後略)

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イスラエルのシオニストどもがナチスの後継者であるのは今やってることを見れば明白。
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