◆ヒズボラ
投稿者: comcomcom3jp 投稿日時: 2006/07/22 14:22 投稿番号: [94177 / 118550]
イランの革命防衛隊と同列の組織。
中国のイランへの20兆円の支援資金で最新鋭の武器をロシアから購入、資金や最新鋭のロシア製武器がヒズボラに潤沢に供与されている。
中東でのテロリズムの詳細は下記URLを参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%BA%E3%83%9C%E3%83%A9
1982年7月19日 - ベイルートのアメリカ大学総長デーヴィッド・ロッジを誘拐。ロッジは、シリア諜報部の仲介により1年後に解放。
1983年4月18日 - 駐レバノン米大使館付近で自動車爆弾テロ。63人が死亡し、120人が負傷した。
1983年10月23日 - 米仏海兵隊兵舎付近で自動車爆弾テロ。米兵241人、仏兵58人が死亡。
1983年11月4日 - イスラエル国防省庁舎を銃撃。21人が死亡し、10人が負傷。
1984年1月18日 - アメリカ大学次期総長マルコルム・ケル暗殺。
1984年3月7日 - CNNレバノン支局長ジェレミ・レヴィンを誘拐。彼は後に逃亡に成功した。
1984年3月8日 - 米国籍のレヴェレンド・ヴェイルを誘拐。16ヵ月後、シリアとイランの仲介により解放。
1984年3月16日 - 米外交官ウィリアム・バクリー誘拐。囚人との交換を要求したが、拒絶される。バクリーは現在も行方不明。
1984年8月12日 - 在スペイン米空軍基地で爆弾テロ。18人が死亡し、83人が負傷。
1984年9月20日 - 駐ベイルート米大使館に対して自爆テロ。23人が死亡し、米英大使を含む21人が負傷。
1984年12月4日 - ドバイからカラチに向かっていたクウェート・エアラインの旅客機をハイジャック。犯人は、クウェートに収監中の数人の囚人の釈放を要求。機体はテヘランに着陸したが、特殊部隊が突入した。2人が死亡。
1985年6月14日 - ローマからアテネに向かっていた旅客機をハイジャックし、ベイルートに向かった。犯人は、イスラエルと南レバノンに収監中の数百人の囚人の釈放を要求した。搭乗員8人と乗客145人は17日間に渡って拘束され、搭乗員1人が殺害された。機体は、アルジェリアに2度飛んだ後、ベイルートに着陸した。人質は解放され、犯人は逮捕された。
1986年9月9日 - アメリカ大学総長を誘拐。44ヵ月後に解放。
1986年10月21日 - アメリカ国籍のエドワード・トレイシーを誘拐。1991年8月に解放。
1988年2月17日 - 国連監視団長ウィリアム・ヒギンズ大佐を誘拐。犯人は、イスラエル軍のレバノン撤退と、収監中のパレスチナ人及びレバノン人全員の釈放を要求。米政府は交渉を拒否。大佐は現在も行方不明。
1992年3月17日 - 駐アルゼンチン・イスラエル大使館付近で自動車爆弾テロ。29人が死亡。
1994年7月18日 - ブエノスアイレスのユダヤ文化センターで自爆テロ。86人が死亡。
1996年2月28日 - 軽飛行機でイスラエル領空への侵入を試みたが、撃墜。
1996年3月4日 - マナル村付近で爆破事件。イスラエル兵4人が死亡し、9人が負傷。
1996年3月10日 - 南レバノンで爆破事件。イスラエル兵1人が死亡。
1996年3月20日 - イスラエル軍のジープが随伴していた民間車が自爆。イスラエル兵1人が死亡し、民間人1人が負傷。
1996年6月25日 - サウジアラビアの米軍兵舎を爆破。米兵19人が死亡。
2000年秋 - スイスでビジネスマンのエルハナン・タンネンバウムを誘拐。
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