サマワ取材拒否 やはり・・・
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2006/07/03 00:17 投稿番号: [93262 / 118550]
★陸自サマワ撤退
英軍同行取材で
邦人記者を拒否
日本政府の要請
(読売 7月1日 朝刊)
[概要]英外務省は28日、イラク南部のムサンナ県で7月に行われる英側からイラクへの治安権限移譲式典で、日本の報道機関の同行取材申し入れをすべて却下した。これは日本政府が27日に英外務省に対し、日本の報道機関の同行取材を受け入れないように申し入れたため。英国は極めて異例の措置だが、日本政府に配慮せざるを得ないという。
[コメント]サマワの自衛隊を取材する方法は、ひとつは現地住人を現地スタッフとして雇用して記事や写真を送稿してもらう方法がある。
あるいはムサンナ県で警備にあたる英軍を現地取材し、その機会を活用してサマワの自衛隊を取材できるチャンスを狙う方法である。
【しかし6月に英軍の護衛と共にサマワに入った飯塚恵子記者(読売・ロンドン支局)は、サマワの対岸の英軍基地に到着しながら、東京の首相官邸(高官)の意向で取材を拒否されたという。】
当初は防衛庁も取材の申し込みに困惑していたが、やがて英軍と防衛庁、陸自は「英軍警護下で行動する」という説明で受け入れする方向に対応が変わった。
しかし首相官邸の高官が記者に告げたのは、イラクが危険であるという理由だった。
それもサマワ宿営地の対岸である。同行している英軍兵士も不思議がったという。
(イラク取材記 「閉ざされた」陸自活動 読売新聞 7月1日 朝刊 飯塚恵子記者著)。
この高官はサマワが危険だとか、現地の陸自が迷惑とか、そんな理由で取材を拒否しているのではない。自分たち政治家や官僚が大失敗した陸自のイラク派遣の現実を、隠そうと必死になっているだけだ。
しかし政治家や官僚がサマワの報道規制に必死になればなるほど、現地でどのような問題が発生していたのか。ジャーナリスト根性を震わせ血が熱くなるほどの興味がわいてくる。
こんなことで日本人ジャーナリスト根性を舐められてはたまらない。かつて私自身が体験したことである。
カンボジアにはPKO活動で自衛隊が派遣されていた。そして総選挙が近づくとポロ・ポト派出現情報や、各地で銃撃戦が起きていた。そこでレインジャー訓練終了者で編制した武装パトロールも始まった。
日本国内ではカンボジアに派遣された自衛隊員の家族から、国会に早い帰国を求める請願なども行われていた。
日本のテレビのニュースでは自衛隊員(3佐)が、「何が起きても不思議ではない危険な状況です」と語っていた。
そんなときに外務省官僚で後に外務事務次官になり、駐アメリカ大使になった外務官僚がプノンペンにきた。
その時の記者会見で、「あなたはカンボジアは平和で、危険はないと言った。しかし自衛官達は極度の緊張状態に置かれ、何が起きても不思議ではないほど危険とテレビにインタビューに答えている。そのことについてどう考えるのか」という私の質問に、
外務官僚は「そのテレビを見ていないので何も答えられない」の一言だけだった。
今回の日本人サマワ取材お断りの態度にも、同じように自分たちの責任を追及される怖さを感じているのではないか。
やはりここはジャーナリストとして筋を通し、あらゆる手段で権力者の報道統制をうち破るしか方法はない。彼らはまだ第3と第4の方法があることを知らないようだ。
http://www.kamiura.com/new.html
★自衛隊イラク撤退の意味
2006年6月20日 田中 宇
http://tanakanews.com/g0620iraq.htm
英軍同行取材で
邦人記者を拒否
日本政府の要請
(読売 7月1日 朝刊)
[概要]英外務省は28日、イラク南部のムサンナ県で7月に行われる英側からイラクへの治安権限移譲式典で、日本の報道機関の同行取材申し入れをすべて却下した。これは日本政府が27日に英外務省に対し、日本の報道機関の同行取材を受け入れないように申し入れたため。英国は極めて異例の措置だが、日本政府に配慮せざるを得ないという。
[コメント]サマワの自衛隊を取材する方法は、ひとつは現地住人を現地スタッフとして雇用して記事や写真を送稿してもらう方法がある。
あるいはムサンナ県で警備にあたる英軍を現地取材し、その機会を活用してサマワの自衛隊を取材できるチャンスを狙う方法である。
【しかし6月に英軍の護衛と共にサマワに入った飯塚恵子記者(読売・ロンドン支局)は、サマワの対岸の英軍基地に到着しながら、東京の首相官邸(高官)の意向で取材を拒否されたという。】
当初は防衛庁も取材の申し込みに困惑していたが、やがて英軍と防衛庁、陸自は「英軍警護下で行動する」という説明で受け入れする方向に対応が変わった。
しかし首相官邸の高官が記者に告げたのは、イラクが危険であるという理由だった。
それもサマワ宿営地の対岸である。同行している英軍兵士も不思議がったという。
(イラク取材記 「閉ざされた」陸自活動 読売新聞 7月1日 朝刊 飯塚恵子記者著)。
この高官はサマワが危険だとか、現地の陸自が迷惑とか、そんな理由で取材を拒否しているのではない。自分たち政治家や官僚が大失敗した陸自のイラク派遣の現実を、隠そうと必死になっているだけだ。
しかし政治家や官僚がサマワの報道規制に必死になればなるほど、現地でどのような問題が発生していたのか。ジャーナリスト根性を震わせ血が熱くなるほどの興味がわいてくる。
こんなことで日本人ジャーナリスト根性を舐められてはたまらない。かつて私自身が体験したことである。
カンボジアにはPKO活動で自衛隊が派遣されていた。そして総選挙が近づくとポロ・ポト派出現情報や、各地で銃撃戦が起きていた。そこでレインジャー訓練終了者で編制した武装パトロールも始まった。
日本国内ではカンボジアに派遣された自衛隊員の家族から、国会に早い帰国を求める請願なども行われていた。
日本のテレビのニュースでは自衛隊員(3佐)が、「何が起きても不思議ではない危険な状況です」と語っていた。
そんなときに外務省官僚で後に外務事務次官になり、駐アメリカ大使になった外務官僚がプノンペンにきた。
その時の記者会見で、「あなたはカンボジアは平和で、危険はないと言った。しかし自衛官達は極度の緊張状態に置かれ、何が起きても不思議ではないほど危険とテレビにインタビューに答えている。そのことについてどう考えるのか」という私の質問に、
外務官僚は「そのテレビを見ていないので何も答えられない」の一言だけだった。
今回の日本人サマワ取材お断りの態度にも、同じように自分たちの責任を追及される怖さを感じているのではないか。
やはりここはジャーナリストとして筋を通し、あらゆる手段で権力者の報道統制をうち破るしか方法はない。彼らはまだ第3と第4の方法があることを知らないようだ。
http://www.kamiura.com/new.html
★自衛隊イラク撤退の意味
2006年6月20日 田中 宇
http://tanakanews.com/g0620iraq.htm
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