ハディタはアラビアのソンミ村である
投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/06/26 00:33 投稿番号: [93084 / 118550]
http://teanotwar.blogtribe.org/entry-07947c18b13939ba5b15c24d42424261.h
tml
(前略)
実際、ベトナム戦争におけるソンミ村虐殺 ---- 米軍兵士たちが男性・女性・子どもを並べて機関銃掃射をあびせ、500人の民間人を虐殺した ---- こととの類似は避けがたい。規模は小さく、今回はおそらく女性が強姦されたことはなかっただろうが、ハディタ虐殺の残忍さは、ソンミ村虐殺に肩を並べる。
今は、「兵士」たちをわれわれは「支持する」などと世迷い事を言うべきときではない。下劣な殺人者たちが帰国したときにはできるだけの治療が必要だが、刑務所で受けるべきである。
どうしてかわからないが、ほとんどの米国人にとって、ソンミは、ベトナムで米国が犯した罪すべての換喩語となっているが、実際には、ソンミ村虐殺は氷山の一角である。それより規模の小さな虐殺はしょっちゅう行われていたし、いくつかの地域では、ベトナム人を無差別に殺すことは、標準的な作戦手続きとなっていた。
ハディタもまた、氷山の一角である。この事件の二つの側面から、他にもこれと同じような事件が多数あった可能性がかいま見える。第一は、交戦があり副次的被害が出たというストーリーを使った隠蔽工作である。それに反駁するビデオの証拠がなければ、軍の調査が単なるお墨付きを与える以上になっていたとは考えがたい。
第二は、8人の男性をゲリラに見せかけようとしたことである。これは、もちろん、最悪の領域で米軍が持ち出す理屈である。たとえば、ファルージャに対する二度目の攻撃のとき、作戦の原則は、ファルージャにいる「軍年齢の男性」はすべて戦士であると仮定され、攻撃の対象とされた。殺したあとで遺体に銃を持たせたり、さらにはシャベルを持たせれば、すぐにその男性は「ゲリラ」であると見せかけることができた。
ハディタはまた、民間人を殺す様々な一連の方法全体 ---- 銃を撃ちたくてうずうずしている兵士による検問所での殺人、民間人で混み合った場所への無差別発砲返し、「ゲリラの疑いがある者たち」に2000ポンド爆弾のような広域兵器を用いること、そして「まず撃って、それから尋問」という一般方針 ---- と有機的に結びついている。そうした方法は、頻繁に、意図的な殺害二ならない場合でも、イラク人の命に対する下劣な無関心になる。さらにそれに加えて、2004年の二度にわたるファルージャ攻撃のような出来事がある。このときには、民間人の「付随的被害」は広範にわたっており、例外ではなくまさに攻撃の特徴となっていた。
数字に弱くはっきりした態度をとれない米国の人々は、ベトナム戦争という犯罪の巨大な規模をけっして理解することができなかった。今日まで、米国の人々は、おそらく10万人のベトナム人が殺されたと考えている。実際に殺されたベトナム人のわずか3から5%である。ベトナム戦争時、米国人の大多数は、大量爆撃、環境系の破壊、いくつかの地方部での生命の体系的な破壊などに思い至らなかった。戦争の野蛮で不道徳な性格を米国に知らしめたのは、ソンミ村虐殺事件だけだった。戦争の行方についてはテト攻撃が転回点となったが、米国の人々が道徳的に戦争に反対する転回点となったのはソンミ村虐殺である。
イラクについても、どうようの展開をする機は熟した。これまでのところ、一方でゲリラの一部の残酷さが、他方で兵士のイメージ維持政策が、戦争に反対する道徳的主張を難しくしていた(ヒーローや少年聖歌隊員が不道徳な行為をすると考えるのは心理的にも感情的にも難しい。米国人にいつも見せられる英雄的な少年聖歌隊員だとなおさらである)。今、それを変えなくてはならない。そしてハディタ虐殺は、その道を示している。ハディタは、アラブにおけるソンミ村虐殺なのである。
(前略)
実際、ベトナム戦争におけるソンミ村虐殺 ---- 米軍兵士たちが男性・女性・子どもを並べて機関銃掃射をあびせ、500人の民間人を虐殺した ---- こととの類似は避けがたい。規模は小さく、今回はおそらく女性が強姦されたことはなかっただろうが、ハディタ虐殺の残忍さは、ソンミ村虐殺に肩を並べる。
今は、「兵士」たちをわれわれは「支持する」などと世迷い事を言うべきときではない。下劣な殺人者たちが帰国したときにはできるだけの治療が必要だが、刑務所で受けるべきである。
どうしてかわからないが、ほとんどの米国人にとって、ソンミは、ベトナムで米国が犯した罪すべての換喩語となっているが、実際には、ソンミ村虐殺は氷山の一角である。それより規模の小さな虐殺はしょっちゅう行われていたし、いくつかの地域では、ベトナム人を無差別に殺すことは、標準的な作戦手続きとなっていた。
ハディタもまた、氷山の一角である。この事件の二つの側面から、他にもこれと同じような事件が多数あった可能性がかいま見える。第一は、交戦があり副次的被害が出たというストーリーを使った隠蔽工作である。それに反駁するビデオの証拠がなければ、軍の調査が単なるお墨付きを与える以上になっていたとは考えがたい。
第二は、8人の男性をゲリラに見せかけようとしたことである。これは、もちろん、最悪の領域で米軍が持ち出す理屈である。たとえば、ファルージャに対する二度目の攻撃のとき、作戦の原則は、ファルージャにいる「軍年齢の男性」はすべて戦士であると仮定され、攻撃の対象とされた。殺したあとで遺体に銃を持たせたり、さらにはシャベルを持たせれば、すぐにその男性は「ゲリラ」であると見せかけることができた。
ハディタはまた、民間人を殺す様々な一連の方法全体 ---- 銃を撃ちたくてうずうずしている兵士による検問所での殺人、民間人で混み合った場所への無差別発砲返し、「ゲリラの疑いがある者たち」に2000ポンド爆弾のような広域兵器を用いること、そして「まず撃って、それから尋問」という一般方針 ---- と有機的に結びついている。そうした方法は、頻繁に、意図的な殺害二ならない場合でも、イラク人の命に対する下劣な無関心になる。さらにそれに加えて、2004年の二度にわたるファルージャ攻撃のような出来事がある。このときには、民間人の「付随的被害」は広範にわたっており、例外ではなくまさに攻撃の特徴となっていた。
数字に弱くはっきりした態度をとれない米国の人々は、ベトナム戦争という犯罪の巨大な規模をけっして理解することができなかった。今日まで、米国の人々は、おそらく10万人のベトナム人が殺されたと考えている。実際に殺されたベトナム人のわずか3から5%である。ベトナム戦争時、米国人の大多数は、大量爆撃、環境系の破壊、いくつかの地方部での生命の体系的な破壊などに思い至らなかった。戦争の野蛮で不道徳な性格を米国に知らしめたのは、ソンミ村虐殺事件だけだった。戦争の行方についてはテト攻撃が転回点となったが、米国の人々が道徳的に戦争に反対する転回点となったのはソンミ村虐殺である。
イラクについても、どうようの展開をする機は熟した。これまでのところ、一方でゲリラの一部の残酷さが、他方で兵士のイメージ維持政策が、戦争に反対する道徳的主張を難しくしていた(ヒーローや少年聖歌隊員が不道徳な行為をすると考えるのは心理的にも感情的にも難しい。米国人にいつも見せられる英雄的な少年聖歌隊員だとなおさらである)。今、それを変えなくてはならない。そしてハディタ虐殺は、その道を示している。ハディタは、アラブにおけるソンミ村虐殺なのである。
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