イラク開戦3年目に親米・右派文化人に問う
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2006/06/22 00:13 投稿番号: [92956 / 118550]
★成澤宗男の「世界を読む」
さらにこの後発言した岡崎元大使は、「その違反を突かずに、単純な反戦運動をあんなにやってみせたら、サダム・フセインが選択を間違えますよ」と口をすべらせている。
「違反」か否かを決定するのは「査察」の結果によってのみなのに、「査察で証拠が見つかる見つからないの話ではありません」というのでは矛盾の極みだ。
・・ 元大使の発言は、ここでは何やらすでに国連の場でも武力行使を正当化する名目が立っているかのようなニアンスが濃厚だ。
ところが、結局、米軍が安保理を無視して開戦した後の『産経』3月25日付の「イラク戦争 小泉総理の米国支持は近年にない快挙だ」になると、
国連の二文字が消えている。
代わって登場するのは、「日本が唯一指針とすべき事は、評論家的な善悪是非の論ではなく、日本の国家と国民の安全と繁栄である」というような言わば居直りの理屈だ。
・・
『産経』で言っていることは単純明快で、
要するに「国連安保理」や「サダム・フセイン」といった「話ではありません」。
なぜなら「日本が国民の安全と繁栄を守るためには、七つの海を支配しているアングロ・アメリカン世界と協調する他ない」のであって、
「日本が直面する政治、軍事、経済の危機の全てにおいて日米同盟信頼関係が不可欠なのである」という事に尽きる。
何のことはない。米国のやらかすことの「善悪是非」はお構いなしに、イラク戦争のようにそれに無条件に追随しろ――ということのようだ。
この人物は事あるごとに「日米同盟」を持ち出す癖があるが、
そもそもこの両国が「同盟」と呼ぶに値する関係かどうかぐらいの問題意識は持った方がいい。
その点で関岡英之氏の労作『拒否できない日本』(文春新書)は参考になるだろうが、
【そこで描かれているように日本が国家の存立に関わる行政の中心的な課題をほぼ米国の言うがままに支配されている現状】は、
「同盟」どころかそれ以前に植民地と宗主国の関係に近い。
そのため、持論である「同盟強化」とはいったい何のことかと空恐ろしくなる。
そもそもイラク戦争のみならず、世界人権宣言や国連憲章、国際法、そして国連を始めとした国際諸機関が存在するのは、
それらを「善悪是非」の基準とする法の支配を地球上に確立するためにある。
そこにおいてのみ自国の「国民の安全と繁栄」ははじめて追求されるべきであって、逆が許されるならナチスの論理そのものではないか。
このような人物が、巨大新聞を寄り所にして言説を振りまいている時代のいびつさ、恐ろしさを感じざるを得ないが、
同じ外務省出身で、肩書きでは「外交評論家」となっている岡本行夫氏は、内閣官房参与や沖縄担当首相補佐官、首相の私的懇談会「対外関与タスクフォース」座長を歴任している。
それだけ要注意だが、『朝日』の藤原帰一・東京大学教授、山内昌之・東京大学教授との座談会を読むと、やはり【親米派の欠陥】がよく理解できる。
「米国は戦争が終わった後に大量破壊兵器を見つけることに強い自信を持っている」だの、
「私はイラクが大量破壊兵器を持っていることはほぼ間違いないと思います」
といった認識のお粗末さはここでも見受けられるが、3年後の今になっていったいどう弁解するつもりなのだろう。
そして「(武力行使を支持した)小泉首相の毅然とした姿勢に感銘を受けました。
大量破壊兵器の排除のために日本のとるべき道を『米国支持』という形で反対論を恐れずに示し、軸足を動かさなかったからです」という開口一番の発言は、
さすが「首相補佐官」経験者らしいが、
「外交評論家」としてはあまりに無惨過ぎはしないか。
米国は「大量破壊兵器の排除」など最初から考えておらず、
査察が継続されればウソがばれるため、その途中で無理矢理「実効性がない」などと難癖をつけて武力行使に踏み切った
――という程度の「外交」的読みは、歴史の後知恵ではなく当時でも可能だったはずだ。
岡崎元大使や岡本氏のように、「善悪是非」より権力を握った者や強い者に媚び、なびくのを優先する人間はいつの世にもいるが、ならば最初から賢者風に「善悪是非」を口にしないことだ。・・・
http://www.janjan.jp/column/0604/0604273451/1.php
さらにこの後発言した岡崎元大使は、「その違反を突かずに、単純な反戦運動をあんなにやってみせたら、サダム・フセインが選択を間違えますよ」と口をすべらせている。
「違反」か否かを決定するのは「査察」の結果によってのみなのに、「査察で証拠が見つかる見つからないの話ではありません」というのでは矛盾の極みだ。
・・ 元大使の発言は、ここでは何やらすでに国連の場でも武力行使を正当化する名目が立っているかのようなニアンスが濃厚だ。
ところが、結局、米軍が安保理を無視して開戦した後の『産経』3月25日付の「イラク戦争 小泉総理の米国支持は近年にない快挙だ」になると、
国連の二文字が消えている。
代わって登場するのは、「日本が唯一指針とすべき事は、評論家的な善悪是非の論ではなく、日本の国家と国民の安全と繁栄である」というような言わば居直りの理屈だ。
・・
『産経』で言っていることは単純明快で、
要するに「国連安保理」や「サダム・フセイン」といった「話ではありません」。
なぜなら「日本が国民の安全と繁栄を守るためには、七つの海を支配しているアングロ・アメリカン世界と協調する他ない」のであって、
「日本が直面する政治、軍事、経済の危機の全てにおいて日米同盟信頼関係が不可欠なのである」という事に尽きる。
何のことはない。米国のやらかすことの「善悪是非」はお構いなしに、イラク戦争のようにそれに無条件に追随しろ――ということのようだ。
この人物は事あるごとに「日米同盟」を持ち出す癖があるが、
そもそもこの両国が「同盟」と呼ぶに値する関係かどうかぐらいの問題意識は持った方がいい。
その点で関岡英之氏の労作『拒否できない日本』(文春新書)は参考になるだろうが、
【そこで描かれているように日本が国家の存立に関わる行政の中心的な課題をほぼ米国の言うがままに支配されている現状】は、
「同盟」どころかそれ以前に植民地と宗主国の関係に近い。
そのため、持論である「同盟強化」とはいったい何のことかと空恐ろしくなる。
そもそもイラク戦争のみならず、世界人権宣言や国連憲章、国際法、そして国連を始めとした国際諸機関が存在するのは、
それらを「善悪是非」の基準とする法の支配を地球上に確立するためにある。
そこにおいてのみ自国の「国民の安全と繁栄」ははじめて追求されるべきであって、逆が許されるならナチスの論理そのものではないか。
このような人物が、巨大新聞を寄り所にして言説を振りまいている時代のいびつさ、恐ろしさを感じざるを得ないが、
同じ外務省出身で、肩書きでは「外交評論家」となっている岡本行夫氏は、内閣官房参与や沖縄担当首相補佐官、首相の私的懇談会「対外関与タスクフォース」座長を歴任している。
それだけ要注意だが、『朝日』の藤原帰一・東京大学教授、山内昌之・東京大学教授との座談会を読むと、やはり【親米派の欠陥】がよく理解できる。
「米国は戦争が終わった後に大量破壊兵器を見つけることに強い自信を持っている」だの、
「私はイラクが大量破壊兵器を持っていることはほぼ間違いないと思います」
といった認識のお粗末さはここでも見受けられるが、3年後の今になっていったいどう弁解するつもりなのだろう。
そして「(武力行使を支持した)小泉首相の毅然とした姿勢に感銘を受けました。
大量破壊兵器の排除のために日本のとるべき道を『米国支持』という形で反対論を恐れずに示し、軸足を動かさなかったからです」という開口一番の発言は、
さすが「首相補佐官」経験者らしいが、
「外交評論家」としてはあまりに無惨過ぎはしないか。
米国は「大量破壊兵器の排除」など最初から考えておらず、
査察が継続されればウソがばれるため、その途中で無理矢理「実効性がない」などと難癖をつけて武力行使に踏み切った
――という程度の「外交」的読みは、歴史の後知恵ではなく当時でも可能だったはずだ。
岡崎元大使や岡本氏のように、「善悪是非」より権力を握った者や強い者に媚び、なびくのを優先する人間はいつの世にもいるが、ならば最初から賢者風に「善悪是非」を口にしないことだ。・・・
http://www.janjan.jp/column/0604/0604273451/1.php
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