現代の戦争被害
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2006/06/15 23:42 投稿番号: [92790 / 118550]
★小池政行著『現代の戦争被害
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ソマリアからイラクへ
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』(岩波新書)は、
こうした現状追認の廃墟に抗して、まっとうな「理念」の抵抗線を引こうと試みた本である。
「はじめに」で著者は、
本書の目的として、戦争における「民間人の犠牲に焦点を当てること」、
「自軍兵士の犠牲ゼロを目指す『ゼロ・オプション』と呼ばれる米軍の戦闘方法が、
現代の戦争でさらに多くの民間人の犠牲者を生じさせているのではないか。
この問題を追求すること」、をあげている。
「戦争にもルールがある」という第1章で、
著者は、国際人道法を簡単に紹介し、抽象的な理念ではなく、これまでの人類の経験から培われてきた理念のささやかな実現としての国際法的枠組みを呈示し、
現状追認の虚無的風潮に対し、現実的な基準の足場を示す。
これが、本書の分析の最初の基準となる。
もう一つの基準もまた、明快である。法の下での平等を受け入れること。
この基準にのっとって、
【対テロ戦争を叫びながら国連総会における「国際テロリズム非難決議」(1987年)に反対した米国とイスラエルについて、】
「テロリズムというものは自分たちに向けられたときのみテロリズムと見なすことが可能なのであり、
同じ行為を米国やイスラエルが行ったときはテロリズムとは呼ばない」という態度を採っていると分析し、
さらに「自らは決して裁かれない、しかし君たちは裁かれるべきだ」という主張では誰も耳をかさないだろう、と正論を述べる。
戦争の規則および規則は平等に適用されるべきことを基準として、
著者は、民間人犠牲者の増大を導く流れを、
米国の軍事介入を中心に、ソマリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、アフガニスタン、イラクと、紙幅の制約の中であたうる限り丁寧に追っていく。
それを通して、著者は、
「ゼロ・オプション」と言う米軍の戦闘方法が、
空軍の圧倒的力のもとで遠隔から標的を叩きつぶす戦略をますます大きく採用していく傾向を描き出す。
そうした流れの中で、私たちが、どんどん次のような事態に麻痺してしまっていることを思い起こさせる。
「街や都市、村の無差別破壊」は【以前から戦争犯罪であった】にもかかわらず、
飛行機による都市の空爆は処罰されないばかりか、
実質的に非難の対象にすらなってこなかった。
これは、現代国際法のスキャンダルである。このことを忘れてはならない。
【空爆は、国家テロリズムであり富者のテロリズムである。】
過去六〇年間に空爆が焼き尽くし破壊した無辜の人々の数は、
反国家テロリストが歴史の開始以来これまでに殺害した人々の数よりも多い。
この現実に、なぜかわれわれの良心は麻痺してしまっている。
われわれは、満員のレストランに爆弾を投げこんだ人物を米国の大統領に選びはしない。
【けれども、飛行機から爆弾を落とし、レストランばかりでなくレストランが入っているビルとその周辺を破壊した人物を、喜んで大統領に選ぶのだ。】
私は湾岸戦争後にイラクを訪れ、この目で爆撃の結果を見た。
「無差別破壊」。イラクの状況を表わす言葉はまさにこれである
(C・ダグラス・ラミス 政治学者)。
・・
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/articles/masuoka040906.html
こうした現状追認の廃墟に抗して、まっとうな「理念」の抵抗線を引こうと試みた本である。
「はじめに」で著者は、
本書の目的として、戦争における「民間人の犠牲に焦点を当てること」、
「自軍兵士の犠牲ゼロを目指す『ゼロ・オプション』と呼ばれる米軍の戦闘方法が、
現代の戦争でさらに多くの民間人の犠牲者を生じさせているのではないか。
この問題を追求すること」、をあげている。
「戦争にもルールがある」という第1章で、
著者は、国際人道法を簡単に紹介し、抽象的な理念ではなく、これまでの人類の経験から培われてきた理念のささやかな実現としての国際法的枠組みを呈示し、
現状追認の虚無的風潮に対し、現実的な基準の足場を示す。
これが、本書の分析の最初の基準となる。
もう一つの基準もまた、明快である。法の下での平等を受け入れること。
この基準にのっとって、
【対テロ戦争を叫びながら国連総会における「国際テロリズム非難決議」(1987年)に反対した米国とイスラエルについて、】
「テロリズムというものは自分たちに向けられたときのみテロリズムと見なすことが可能なのであり、
同じ行為を米国やイスラエルが行ったときはテロリズムとは呼ばない」という態度を採っていると分析し、
さらに「自らは決して裁かれない、しかし君たちは裁かれるべきだ」という主張では誰も耳をかさないだろう、と正論を述べる。
戦争の規則および規則は平等に適用されるべきことを基準として、
著者は、民間人犠牲者の増大を導く流れを、
米国の軍事介入を中心に、ソマリア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、アフガニスタン、イラクと、紙幅の制約の中であたうる限り丁寧に追っていく。
それを通して、著者は、
「ゼロ・オプション」と言う米軍の戦闘方法が、
空軍の圧倒的力のもとで遠隔から標的を叩きつぶす戦略をますます大きく採用していく傾向を描き出す。
そうした流れの中で、私たちが、どんどん次のような事態に麻痺してしまっていることを思い起こさせる。
「街や都市、村の無差別破壊」は【以前から戦争犯罪であった】にもかかわらず、
飛行機による都市の空爆は処罰されないばかりか、
実質的に非難の対象にすらなってこなかった。
これは、現代国際法のスキャンダルである。このことを忘れてはならない。
【空爆は、国家テロリズムであり富者のテロリズムである。】
過去六〇年間に空爆が焼き尽くし破壊した無辜の人々の数は、
反国家テロリストが歴史の開始以来これまでに殺害した人々の数よりも多い。
この現実に、なぜかわれわれの良心は麻痺してしまっている。
われわれは、満員のレストランに爆弾を投げこんだ人物を米国の大統領に選びはしない。
【けれども、飛行機から爆弾を落とし、レストランばかりでなくレストランが入っているビルとその周辺を破壊した人物を、喜んで大統領に選ぶのだ。】
私は湾岸戦争後にイラクを訪れ、この目で爆撃の結果を見た。
「無差別破壊」。イラクの状況を表わす言葉はまさにこれである
(C・ダグラス・ラミス 政治学者)。
・・
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/articles/masuoka040906.html
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