「紛争予防をどう支援するか」NHK ①
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/04/16 20:44 投稿番号: [90678 / 118550]
(NHK
きょうの世界)2006.4.14
「3月22日、旧ユーゴ各国代表と支援国政府の担当者60人余りが
東京に集まりました。
会議のテーマは、多民族が共存する社会をいかにつくっていくか
紛争の予防支援を重要な国際貢献の柱と位置付ける日本政府は、
旧ユーゴ地域に対しても、異なる民族の融和を積極的に支援してきました。
しかし出席者からは、今尚民族間の対立感情が
根強く残っているという声が相次ぎました。
『民族の間で非常に強い不信感が今も存在しています』
(ボスニア代表)
『民族間の暴力が今も続き、お互いを認め合うことも、
社会の融和を達成することもできなくなっているのです』
(コソボ代表)
払拭できない民族対立が地域の経済や社会の復興に
影を落としている現状が改めて浮き彫りになりました。
これまでも国際社会は外交交渉や国連や多国籍軍によるPKOによって
紛争を防ごうと努めてきました。
しかし紛争地域の多くは民族や宗教など複雑な事情を抱えています。
この為、従来のような国際支援のあり方では、
紛争の要因を取り除くのは、限界がありました。
こうした限界が指摘される中で、今注目を集めているのが、
地域社会に密着した民族や宗教間の対立を解き、
紛争が起きにくい社会づくりを目指す取り組みです。
従来はNGOなどが行ってきた、こうした地域密着型の支援を
日本政府も国際貢献の新たな柱と位置付け、進めています。
ボスニアでは民族間の対立が続き、現在ではイスラム教徒、セルビア系住民、
クロアチア系住民の三つの民族がそれぞれの地域に棲み分ける形になっています
しかし中には違う民族が対立を抱えながら暮らす街や地域があり、
新たな紛争の火種に成りかねない情況が続いています。
ボスニアのモスタル
世界遺産にも登録されている。橋で有名。(戦闘で破壊)
クロアチア系住民とイスラム教徒は街を二分して別々に暮らしています。
二つの民族が互に交流することは殆どなく、対立が街の復興を妨げています。
『俺の父親は紛争で行方不明になったままだ。
すぐに戦いが起きることはないが、町は常にピリピリしている』
(イスラム教徒)
『この町は分断されたままだ。お互い一緒に暮らしたくないんだ』
(クロアチア系住民)
モスタル高校
二つの民族が一緒に学ぶ高校
紛争後、ボスニアでは民族ごとに分かれて教育が行われていますが、
一昨年イスラム教徒とクロアチア系の二つの学校が一つに統合されたのです。
授業はいまだに民族別々に行われていますが、違う民族の生徒達が
同じ校舎で学ぶのは、紛争後のボスニアでは、まだこの学校だけです。
学校の統合を実現させた立役者が
教育コーディネーターのマシュー・ニュートンさんです。
紛争中からボスニアで国連の支援活動に携わり、四年前からボスニアの
復興を進める国際機関の一員として学校の統合に取り組んできました。
統合されたばかりの頃、生徒達の間には
互いの民族に対するわだかまりが感じられました。
そこでニュートンさんは、イスラム教徒とクロアチア系
八人ずつから成る生徒会を作り、民族の違う生徒同士の交流を促しました。
『初めは学校の統合について話すのはとても困難でした。
双方の民族が恐れを持っていたからです。
そうした住民に対して統合の利点を説き、
各民族の文化や言語が尊重されることを説明しなければなりませんでした』
学校の統合の為、国際社会はさまざまな支援を行ってきました。
日本は最新型のパソコンやビデオカメラが揃った教室を作りました。
その際、イスラム教徒とクロアチア系の生徒達が
一緒に教室を使うことを援助の条件にしました。
教室では民族の違う生徒達が一緒にインターネットを利用したり、
ビデオやパソコンを使って、アニメーションを制作したりして、
交流を深めています。
「3月22日、旧ユーゴ各国代表と支援国政府の担当者60人余りが
東京に集まりました。
会議のテーマは、多民族が共存する社会をいかにつくっていくか
紛争の予防支援を重要な国際貢献の柱と位置付ける日本政府は、
旧ユーゴ地域に対しても、異なる民族の融和を積極的に支援してきました。
しかし出席者からは、今尚民族間の対立感情が
根強く残っているという声が相次ぎました。
『民族の間で非常に強い不信感が今も存在しています』
(ボスニア代表)
『民族間の暴力が今も続き、お互いを認め合うことも、
社会の融和を達成することもできなくなっているのです』
(コソボ代表)
払拭できない民族対立が地域の経済や社会の復興に
影を落としている現状が改めて浮き彫りになりました。
これまでも国際社会は外交交渉や国連や多国籍軍によるPKOによって
紛争を防ごうと努めてきました。
しかし紛争地域の多くは民族や宗教など複雑な事情を抱えています。
この為、従来のような国際支援のあり方では、
紛争の要因を取り除くのは、限界がありました。
こうした限界が指摘される中で、今注目を集めているのが、
地域社会に密着した民族や宗教間の対立を解き、
紛争が起きにくい社会づくりを目指す取り組みです。
従来はNGOなどが行ってきた、こうした地域密着型の支援を
日本政府も国際貢献の新たな柱と位置付け、進めています。
ボスニアでは民族間の対立が続き、現在ではイスラム教徒、セルビア系住民、
クロアチア系住民の三つの民族がそれぞれの地域に棲み分ける形になっています
しかし中には違う民族が対立を抱えながら暮らす街や地域があり、
新たな紛争の火種に成りかねない情況が続いています。
ボスニアのモスタル
世界遺産にも登録されている。橋で有名。(戦闘で破壊)
クロアチア系住民とイスラム教徒は街を二分して別々に暮らしています。
二つの民族が互に交流することは殆どなく、対立が街の復興を妨げています。
『俺の父親は紛争で行方不明になったままだ。
すぐに戦いが起きることはないが、町は常にピリピリしている』
(イスラム教徒)
『この町は分断されたままだ。お互い一緒に暮らしたくないんだ』
(クロアチア系住民)
モスタル高校
二つの民族が一緒に学ぶ高校
紛争後、ボスニアでは民族ごとに分かれて教育が行われていますが、
一昨年イスラム教徒とクロアチア系の二つの学校が一つに統合されたのです。
授業はいまだに民族別々に行われていますが、違う民族の生徒達が
同じ校舎で学ぶのは、紛争後のボスニアでは、まだこの学校だけです。
学校の統合を実現させた立役者が
教育コーディネーターのマシュー・ニュートンさんです。
紛争中からボスニアで国連の支援活動に携わり、四年前からボスニアの
復興を進める国際機関の一員として学校の統合に取り組んできました。
統合されたばかりの頃、生徒達の間には
互いの民族に対するわだかまりが感じられました。
そこでニュートンさんは、イスラム教徒とクロアチア系
八人ずつから成る生徒会を作り、民族の違う生徒同士の交流を促しました。
『初めは学校の統合について話すのはとても困難でした。
双方の民族が恐れを持っていたからです。
そうした住民に対して統合の利点を説き、
各民族の文化や言語が尊重されることを説明しなければなりませんでした』
学校の統合の為、国際社会はさまざまな支援を行ってきました。
日本は最新型のパソコンやビデオカメラが揃った教室を作りました。
その際、イスラム教徒とクロアチア系の生徒達が
一緒に教室を使うことを援助の条件にしました。
教室では民族の違う生徒達が一緒にインターネットを利用したり、
ビデオやパソコンを使って、アニメーションを制作したりして、
交流を深めています。
これは メッセージ 90677 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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