安全あってこその人権
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/02/23 03:44 投稿番号: [88105 / 118550]
コロンビアとか、フィリピンの南部などでは麻薬マフィアや、アルカイダ系のテロリストがのさばっていて、一般市民を恐怖に陥れている。こういう国において人権とかなんとか贅沢なことはあんまりいってられない。このような国において一番大切なのは安全に暮らせるという条件であって、個人の人権はその後の話だ。いくら自由でも個人的な人権が法律で保障されていようとも、ギャングやテロリストが暴力で人権迫害をしているのだから自由もへったくれもあったもんじゃない。
テロリストを摘発しようにも、礼状がなければ手入れもできないという人権保護の法律が邪魔をしてみすみすテロリストをのさばらせている国もある。その間に市長が暗殺されたり、学校が爆破されたりしているの市民はみて、いったい何のための人権保護なのかと疑問をもっていることだろう。
個人的な人権がかなり迫害されている独裁政権のシンガポールにしばらく住んでいた軍人さんがいっていたが、周りの国の治安の悪さや、乞食や浮浪者が道端で平気でトイレにいくような汚いくにをみていると、シンガポールがどうしてあんなに規則がきびしいのか納得がいくという。シンガポールではひったくりにあわないし、浮浪者につきまとわれることもない。道もきれいだし窮屈だが規則にしたがってさえいれば暮らしやすいといっていた。
私個人はシンガポールに住みたいとは思わないし、あの政権のやり方が正しいとも思わない。だが、まわりの状況を考えた場合、時として人権問題は先ず国家の治安と安全があってこそのことだろう。無論それを政権が悪用してしまう場合もあるからそのへんのバランスがむずかしいわけだ。
ボンノさんのように戦争を避けられない国の政権が愚かなのだという理論にはひとつ基本的な欠陥がある。よその国が攻めてきたらどうするのかということだ。ボンノさんの世界では911はまだおこっていないからね。
これは メッセージ 88070 (comcomcom3jp さん)への返信です.
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