Re: フセインのテロ訓練所の証拠発覚
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2006/01/07 20:24 投稿番号: [86492 / 118550]
カカシさん、興味深い記事の紹介、どうもありがとうございました。
が、この記事を書いた人は、どうやらフセイン政権の実態をよくご存知ない方のようです。ですので、米英軍による対イラク武力行使後に没収されたという書類、ないしその書類に基づき書かれたこの記事は、残念ながら《フセイン政権》とアルカイダの蜜月関係を証明するものになっておりません。
特筆すべき点は、まさにカカシさん自身が
>フセインの《イラク軍人》がこれらテロリストの訓練をしていた
――と書かれている部分にあります。中でも僕が《》で括った部分が問題です。記事から引用しますと
>The secret training took place primarily at three camps -- in Samarra, Ramadi, and Salman Pak -- and was directed by《elite Iraqi military units》.
――というところですね。ここの記述は、《イラク軍部》とアルカイダなどの過激派との関連性を示すものであって、このことは同時に《フセイン政権》とアルカイダとの関連性を等式で結ぶことにはならないということが、カカシさんにはお分かりでしょうか?
つまり、思い出していただきたいことは、フセイン政権≠軍事政権であったということです。表面的には、フセインは軍を懐柔してそれに守られていたようにも見えましたが、本来フセインが政権の基盤としてきたのは、軍ではなく治安組織なのです。
フセインの経歴を想起していただければ分かるように、彼は軍出身者ではありません。バース党が政権の座についたイラクは従来、軍人が要職を独占し続けてきましたので、その意味でフセインは、異例の文民政治家であったわけです。
したがって、彼がバース党内での地位を確保するためにしてきこととは、文民党員を党幹部にさせることと、要職にあった軍人を追い落とすことだったわけです。結果として、軍はむしろ、フセインにとって政治的なライバルであり続けたのです。実際、フセインは大統領になってからも引き続き多くの軍人幹部を追放し続け、軍によるクーデターを警戒し、政権を維持し続けてきたのです。フセインの軍に対する警戒心は相当強いものであったということです。
WMDについても、それの保有先(実際戦争で使えるだけの有効な備蓄があったわけではありませんが)は軍本体ではなく特殊治安部隊であり、それにより軍の反乱を抑え込むことがその目的であったのです。さらに言いますと、フセイン政権当時の共和国防衛隊を含む軍組織の幹部は、実は職業軍人出身者ではなく、多くが治安組織または軍を監視するバース党の党軍事局の出身者なのです。
ここまで書いてイラクの軍事unitが過激派を訓練していたことの真相は、もうお分かりでしょうか?しかも軍事訓練キャンプがあったのはサマラやラマディときています。フセインが統治するのに苦労していた地域の一つですね。ラマディに至ってはファルージャの近郊ですし。
十中八九、フセインに反旗を翻そうと虎視眈々と狙い、過激派を抱え込んで秘密裏に訓練を行っていたイラク軍組織に所属する人間の仕業でしょうね。これをフセインとアルカイダの蜜月関係として結論づけて書いているこの記事は、結論が勇み足すぎます。
フセインを排除した結果、イラクのどういう勢力が息を吹き返すことになったのか?そのことをしっかり考え直すことが重要ではないかとかねがね思っています。そうすれば、何故米国が、フセイン政権崩壊後のイラクで苦戦することになっているのか、よく分かるでしょう。こういう記事は、そうしたイラク情勢を冷静に見つめ直す妨害ともなるもので、これを書いた記者はよくよく反省して頂きたいとすら思います。
が、この記事を書いた人は、どうやらフセイン政権の実態をよくご存知ない方のようです。ですので、米英軍による対イラク武力行使後に没収されたという書類、ないしその書類に基づき書かれたこの記事は、残念ながら《フセイン政権》とアルカイダの蜜月関係を証明するものになっておりません。
特筆すべき点は、まさにカカシさん自身が
>フセインの《イラク軍人》がこれらテロリストの訓練をしていた
――と書かれている部分にあります。中でも僕が《》で括った部分が問題です。記事から引用しますと
>The secret training took place primarily at three camps -- in Samarra, Ramadi, and Salman Pak -- and was directed by《elite Iraqi military units》.
――というところですね。ここの記述は、《イラク軍部》とアルカイダなどの過激派との関連性を示すものであって、このことは同時に《フセイン政権》とアルカイダとの関連性を等式で結ぶことにはならないということが、カカシさんにはお分かりでしょうか?
つまり、思い出していただきたいことは、フセイン政権≠軍事政権であったということです。表面的には、フセインは軍を懐柔してそれに守られていたようにも見えましたが、本来フセインが政権の基盤としてきたのは、軍ではなく治安組織なのです。
フセインの経歴を想起していただければ分かるように、彼は軍出身者ではありません。バース党が政権の座についたイラクは従来、軍人が要職を独占し続けてきましたので、その意味でフセインは、異例の文民政治家であったわけです。
したがって、彼がバース党内での地位を確保するためにしてきこととは、文民党員を党幹部にさせることと、要職にあった軍人を追い落とすことだったわけです。結果として、軍はむしろ、フセインにとって政治的なライバルであり続けたのです。実際、フセインは大統領になってからも引き続き多くの軍人幹部を追放し続け、軍によるクーデターを警戒し、政権を維持し続けてきたのです。フセインの軍に対する警戒心は相当強いものであったということです。
WMDについても、それの保有先(実際戦争で使えるだけの有効な備蓄があったわけではありませんが)は軍本体ではなく特殊治安部隊であり、それにより軍の反乱を抑え込むことがその目的であったのです。さらに言いますと、フセイン政権当時の共和国防衛隊を含む軍組織の幹部は、実は職業軍人出身者ではなく、多くが治安組織または軍を監視するバース党の党軍事局の出身者なのです。
ここまで書いてイラクの軍事unitが過激派を訓練していたことの真相は、もうお分かりでしょうか?しかも軍事訓練キャンプがあったのはサマラやラマディときています。フセインが統治するのに苦労していた地域の一つですね。ラマディに至ってはファルージャの近郊ですし。
十中八九、フセインに反旗を翻そうと虎視眈々と狙い、過激派を抱え込んで秘密裏に訓練を行っていたイラク軍組織に所属する人間の仕業でしょうね。これをフセインとアルカイダの蜜月関係として結論づけて書いているこの記事は、結論が勇み足すぎます。
フセインを排除した結果、イラクのどういう勢力が息を吹き返すことになったのか?そのことをしっかり考え直すことが重要ではないかとかねがね思っています。そうすれば、何故米国が、フセイン政権崩壊後のイラクで苦戦することになっているのか、よく分かるでしょう。こういう記事は、そうしたイラク情勢を冷静に見つめ直す妨害ともなるもので、これを書いた記者はよくよく反省して頂きたいとすら思います。
これは メッセージ 86483 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/86492.html