Re: 真実に背を向ける
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/11/29 07:04 投稿番号: [85031 / 118550]
>自分の偏向は棚に上げて、他人の偏向を批判するボンノさん。
私は偏向を批判してるんじゃありませんよ。「偏向を恥じない姿勢」を批判しているのです。
イラク戦争という出来事の客観的評価をしようとするときに、「親米vs反米」などという陣営論から出発していては何も見えてきません。私は「親米」でも「反米」でもなく「反戦」と「反テロ」の立場から発言しています。そして、「テロを否定するなら、イラク戦争を肯定しろ」という乱暴な二元論、敵・味方の陣営論を非難しているのです。
あなた流の言い方を真似るなら「テロは悪」であり、「戦争も悪」です。この理念はテロリストも戦争遂行者も共通して持っている、普遍的なものでしょう。彼らはテロや戦争を「悪ではあるが、必要だったのだ」と言いますが、さすがに基本的には積極肯定しません。
この共通理念からスタートすれば、ひとつひとつのテロや戦争について、「本当に必要だったのか?」「本当に、それ以外、解決の方法がなかったのか?」という疑問に突き当たります。
そして、それぞれのケースでテロや戦争の必要性および急迫性を認識できれば、そのテロや戦争を「消極支持」することもあるわけです。
しかし、この時、必要性や急迫性の認識は、極めて慎重でなければなりません。なにしろ、多数の人命がかかっているのですから…。
そこで、事実を公平に追求する姿勢、合法性を重視する姿勢が求められるのですが、テロリストや戦争遂行者は「敵」に「悪」のレッテルを貼付けて民衆を煽動し、冷静で合理的な判断能力を奪おうとするのです。
扇情的な「反米」陣営論者は、ブッシュ大統領の人格を蔑んだり、米国を「戦争中毒だ」と決め付けたりしますが、これも一種の「レッテル貼り」であり、問題の解決には繋がりません。したがって、「神の声発言」や「アル中復活」、「秘密結社スカル・アンド・ボーンズの元メンバー」など、人々に「いかがわしい」印象を植え付けようとする、反ブッシュ、ネガティブ・キャンペーンは、たとえその意図が「反戦」であっても、私は支持しませんし、実際、批判的な論説も展開してきました。
さて、ここで陣営論の罠に落ちることなく、冷静に状況を俯瞰してみるならば、「フセイン政権の悪逆非道」や「アルカイダの狂信ぶり」などという、視聴者うけするワイドショー・レベルのネガティブ・キャンペーンに対しても、同様の懐疑的視点が必要であるということが理解できます。
私の「反戦」は、「絶対に戦争はいかん!」というものではなく、「安易に戦争を支持しない」というものです。イラク戦争は、どう見ても必要性、急迫性がなく、違法であるが故に、私は強く反対しているのです。決して「反米」だから「反対」なのではありませんし、私自身、心情的には「親米派」です。
私の主張は、確実な事実や証拠を「反戦・反テロ」という理念に当てはめてみた結論が「米国のイラク政策に賛成できない。いや、積極的に反対である」というものです。あなたも一時「ブッシュ政権の政策なら、何でも支持するわけではない。間違っていると思うことは非難し、反対する」とおっしゃっていましたよね。しかし、「何故イラク戦争を支持するのか?」に対する答えは、信憑性の薄い「反フセイン、ネガティブ・キャンペーン」であったり、「反占領勢力やイスラム宗教勢力に対する露骨なレッテル貼り」でしかなく、それが「事実や証拠に基づいていない」と指摘されるやいなや、「私はブッシュ支持者だから」と居直ってしまわれました。ブッシュ支持者であれば、事実や証拠に基づかないネガティブ・キャンペーンやレッテル貼りでも、鵜呑みにして信じることが当然だ…と言ってしまったのです。
人はメディア環境や巧みな情報操作によって、簡単に「偏向」します。ですから、偏向を持っていること自体は非難にあたらず、懐疑的視点からの「気付き」を繰り返していけば良いだけです。しかし、偏向によって事実を歪曲し、証拠を捏造するのは、それ自体が情報操作になります。あなたは、確信犯的に自身が「戦争遂行プロパガンダを流すマシン」であると告白することで、事実や証拠を冒涜し「見ない、聞かない、話さない」を決め込まれました。これでは議論の余地が全くありません。議論は共通の理念と事実の共有によってしか成り立たないからです。「反戦・反テロ」という理念が、普遍的なものでなく、それ自体「偏向」しているとおっしゃるのなら、私は「偽善者」という、あなたの非難を甘んじて受けますが、そうではなく、基本理念を共有し、事実と証拠と論理に基づいて、イラク戦争の正当性を主張なさりたいのであれば、自身の「偏向」に居直る姿勢を撤回していただきたいと切に願います。
私は偏向を批判してるんじゃありませんよ。「偏向を恥じない姿勢」を批判しているのです。
イラク戦争という出来事の客観的評価をしようとするときに、「親米vs反米」などという陣営論から出発していては何も見えてきません。私は「親米」でも「反米」でもなく「反戦」と「反テロ」の立場から発言しています。そして、「テロを否定するなら、イラク戦争を肯定しろ」という乱暴な二元論、敵・味方の陣営論を非難しているのです。
あなた流の言い方を真似るなら「テロは悪」であり、「戦争も悪」です。この理念はテロリストも戦争遂行者も共通して持っている、普遍的なものでしょう。彼らはテロや戦争を「悪ではあるが、必要だったのだ」と言いますが、さすがに基本的には積極肯定しません。
この共通理念からスタートすれば、ひとつひとつのテロや戦争について、「本当に必要だったのか?」「本当に、それ以外、解決の方法がなかったのか?」という疑問に突き当たります。
そして、それぞれのケースでテロや戦争の必要性および急迫性を認識できれば、そのテロや戦争を「消極支持」することもあるわけです。
しかし、この時、必要性や急迫性の認識は、極めて慎重でなければなりません。なにしろ、多数の人命がかかっているのですから…。
そこで、事実を公平に追求する姿勢、合法性を重視する姿勢が求められるのですが、テロリストや戦争遂行者は「敵」に「悪」のレッテルを貼付けて民衆を煽動し、冷静で合理的な判断能力を奪おうとするのです。
扇情的な「反米」陣営論者は、ブッシュ大統領の人格を蔑んだり、米国を「戦争中毒だ」と決め付けたりしますが、これも一種の「レッテル貼り」であり、問題の解決には繋がりません。したがって、「神の声発言」や「アル中復活」、「秘密結社スカル・アンド・ボーンズの元メンバー」など、人々に「いかがわしい」印象を植え付けようとする、反ブッシュ、ネガティブ・キャンペーンは、たとえその意図が「反戦」であっても、私は支持しませんし、実際、批判的な論説も展開してきました。
さて、ここで陣営論の罠に落ちることなく、冷静に状況を俯瞰してみるならば、「フセイン政権の悪逆非道」や「アルカイダの狂信ぶり」などという、視聴者うけするワイドショー・レベルのネガティブ・キャンペーンに対しても、同様の懐疑的視点が必要であるということが理解できます。
私の「反戦」は、「絶対に戦争はいかん!」というものではなく、「安易に戦争を支持しない」というものです。イラク戦争は、どう見ても必要性、急迫性がなく、違法であるが故に、私は強く反対しているのです。決して「反米」だから「反対」なのではありませんし、私自身、心情的には「親米派」です。
私の主張は、確実な事実や証拠を「反戦・反テロ」という理念に当てはめてみた結論が「米国のイラク政策に賛成できない。いや、積極的に反対である」というものです。あなたも一時「ブッシュ政権の政策なら、何でも支持するわけではない。間違っていると思うことは非難し、反対する」とおっしゃっていましたよね。しかし、「何故イラク戦争を支持するのか?」に対する答えは、信憑性の薄い「反フセイン、ネガティブ・キャンペーン」であったり、「反占領勢力やイスラム宗教勢力に対する露骨なレッテル貼り」でしかなく、それが「事実や証拠に基づいていない」と指摘されるやいなや、「私はブッシュ支持者だから」と居直ってしまわれました。ブッシュ支持者であれば、事実や証拠に基づかないネガティブ・キャンペーンやレッテル貼りでも、鵜呑みにして信じることが当然だ…と言ってしまったのです。
人はメディア環境や巧みな情報操作によって、簡単に「偏向」します。ですから、偏向を持っていること自体は非難にあたらず、懐疑的視点からの「気付き」を繰り返していけば良いだけです。しかし、偏向によって事実を歪曲し、証拠を捏造するのは、それ自体が情報操作になります。あなたは、確信犯的に自身が「戦争遂行プロパガンダを流すマシン」であると告白することで、事実や証拠を冒涜し「見ない、聞かない、話さない」を決め込まれました。これでは議論の余地が全くありません。議論は共通の理念と事実の共有によってしか成り立たないからです。「反戦・反テロ」という理念が、普遍的なものでなく、それ自体「偏向」しているとおっしゃるのなら、私は「偽善者」という、あなたの非難を甘んじて受けますが、そうではなく、基本理念を共有し、事実と証拠と論理に基づいて、イラク戦争の正当性を主張なさりたいのであれば、自身の「偏向」に居直る姿勢を撤回していただきたいと切に願います。
これは メッセージ 84998 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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