対イラク武力行使

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

昭和7年頃皇道派と統制派の対立

投稿者: battamama 投稿日時: 2005/09/27 22:05 投稿番号: [81206 / 118550]
このことを言っているのかな?
だとしたら、「名称変更」とはちょっと違うかも。

「両将軍はことあるごとに「世界に冠絶せる」国体と皇道の理念を説き、国軍を「皇軍」と読んだため、この荒木・真崎を頂点とする陸軍内の派閥は皇道派と呼ばれる。このほかの」


皇道派と統制派の対立
(昭和7年頃〜   1932年〜)

この頃、陸軍内部では「一夕会」の活動が実り、昭和6年12月、荒木貞夫が陸相に、翌年7年1月には真崎甚三郎が参謀次長に、林銑十郎が教育総監に就任している。

そして同時に、若い尉官クラスの隊付将校たちによる国体改革運動が盛んになっている。彼らの運動は「青年将校運動」と呼ばれている。彼らの社会・政治の現状認識も桜会と共通したものであるが、民間右翼、北一輝の思想の影響を強く受けている。彼の著書「国家改造案原理大綱」の内容を要約すると、

「天皇は国民の総代表であり、天皇の大権によって憲法を3年間停止し、その間に在郷軍人を主体にして、日本を改造する。」

と言うもの。で、具体的にどの様に改造するかというと、私有財産の制限、土地の国有化、等々。一端、天皇を中心に独裁体制を引き、これらを実現した後、通常に戻そうというもの。北一輝は右翼だが、若い頃「国体論及び純正社会主義」と言う本も自費出版しており、どうも共産主義と国粋主義の混在した考えのようです。

北一輝に影響を受けた青年将校たちの考えでは、当時の日本の現状と、自分達の取るべき態度は、

「現在の混乱は天皇の周りにいる奸臣共(軍上層部や政府高官達)が引き起こしているのであり、その奸臣逆賊を取り除き天皇しいては国家を守護するのは軍人としての責務である。」

となる。彼らは陸軍省のエリートたちとは違い、実働部隊の将校たちである、その部隊の兵士は徴兵された、貧しい一般市民・農民出身者がほとんど。現実の国民の窮乏がよく分かっていた。しかし20代,30代の青年の集まりらしく、やたらと観念的で理想主義に燃えている運動ではあります。

荒木・真崎の両将軍も青年将校運動に理解を示し、彼らも両将軍は支持を受けた。両将軍は階級の差など構わず、青年将校たちと直に合って彼らの主張に耳を傾けたからである。「五・一五事件」が起きた時、荒木は次の言葉で彼らを弁護している。

「本件に参加したのは、若者ばかりである。こうした純真な青年たちがこうしたことをやった心情を考えると、涙の出る思いがする。彼らは名誉や私欲のためにやったのではない。真に皇国のためになると信じてやったことである。だからこの事件を事務的に処理すべきではない。」

両将軍はことあるごとに「世界に冠絶せる」国体と皇道の理念を説き、国軍を「皇軍」と読んだため、この荒木・真崎を頂点とする陸軍内の派閥は皇道派と呼ばれる。このほかのメンバーは小畑敏四郎・山下泰文など。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)