7>国家に対する見方
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/09/16 08:58 投稿番号: [80323 / 118550]
「寡占的金融支配体制」という社会モデルは、制度として存在するものじゃありませんので、認識が難しいと思いますが、先進資本主義国に於ける「コンチェルン」をイメージしてもらえれば、だいたいの全体像が浮かび上がってくるのではないでしょうか?
価値の本質を貨幣に置く時、それは「労働への動機付け」ではなく「労働を支配するもの」になります。アダム・スミスも「価値の本質は労働であり、貨幣ではない」と言っていますが、現代的資本主義は金融資本主義であり、そこに於ける「自己利益の追求」は「国富」に結びつかず、富の流れを一定方向に固定してしまうのです。その意味では、新自由主義者たちが、自らの主張の根拠を「国富論」に置くこと自体、古典学説の歪曲ということになります。
「国際金融資本の陰謀」は、層と組織もしくは支配的個人を混同することから生まれる誤解です。支配層が支配を確立するために資本を蓄積かつ利用し、国家をコントロールするのは「陰謀」でもなんでもなく、単なる、自己利益の追求なのです。問題は、人々にその「支配の手」が見えていないということでしょう。アダム・スミスは、いみじくも「見えざる神の手」と言いましたが、現代ではこれが「見えざるカネの手」にすり替わっていることを認識できなければ、どこかの怪しげな「秘密結社」が世界を意のままに動かしている…というような「陰謀論」に行き着いてしまうわけです。
おそらく、あなたには「寡占的金融支配体制」という認識がないのでしょうね。すべての個人が自立し、誰にも支配、コントロールされてなどいない…と考えておられるんじゃありませんか? しかし、あなたの周りの現実はどうでしょう? あなた自身、自立した個人として市場に向かい合っていますか? あなたの労働が「市場」の意思に従っているのではなく、(金融)資本の増殖エネルギーにコントロールされているのだということを見抜けませんか? 上司の命令、会社の方針、会社の利益…あなたの労働を左右する、これらの意思が、対等の自立した個人同士に於ける交換市場に従っているとでも思うのでしょうか?
私は文章を「飯の種に」していますが、時事や経済などの記事は、まったくと言ってよいほど売れません。グルメやレジャーの「ヤラセ記事(スポンサーよいしょ!)」が一番お金になるのです。しかし、そうした記事は「市場」が求めているのではなく、単純に「スポンサー」が求めているものです。そして、あるスポンサーがシェアを伸ばし、業界で寡占的支配を持てば、市場そのものだってコントロールできるのです。
掲示板では偉そうに、論理だとか市民的権利だとか書いている私も、実社会では「資本の奴隷」で居なければ生きていけないことを知っています。そして、金融支配が寡占化することは論理的にも現実的にも証明が容易なのです。端的な例は、日米の政府を見れば分かるでしょう。それらの政府は「借金」まみれです。 で、債権者は誰でしょう? そして政府は債権者の要求を無視できませんよね? それが「寡占的金融支配体制」の現実なのです。
>私が、何処で「公務員に対する嫉妬ではなく、論理的根拠を持った
>世界共通の意識変動」等と言ったのでございましょう。
msg80159の「世界中で国家に対する見方に大変動が起きているに過ぎない」が、そういう意味でないなら、80213で私が書いたように、お返事は結構です。あなたの言う「国家に対する見方の大変動」は、単なる言葉のアヤであり、なんらかの意味を持つものではないと言うだけのことです。
価値の本質を貨幣に置く時、それは「労働への動機付け」ではなく「労働を支配するもの」になります。アダム・スミスも「価値の本質は労働であり、貨幣ではない」と言っていますが、現代的資本主義は金融資本主義であり、そこに於ける「自己利益の追求」は「国富」に結びつかず、富の流れを一定方向に固定してしまうのです。その意味では、新自由主義者たちが、自らの主張の根拠を「国富論」に置くこと自体、古典学説の歪曲ということになります。
「国際金融資本の陰謀」は、層と組織もしくは支配的個人を混同することから生まれる誤解です。支配層が支配を確立するために資本を蓄積かつ利用し、国家をコントロールするのは「陰謀」でもなんでもなく、単なる、自己利益の追求なのです。問題は、人々にその「支配の手」が見えていないということでしょう。アダム・スミスは、いみじくも「見えざる神の手」と言いましたが、現代ではこれが「見えざるカネの手」にすり替わっていることを認識できなければ、どこかの怪しげな「秘密結社」が世界を意のままに動かしている…というような「陰謀論」に行き着いてしまうわけです。
おそらく、あなたには「寡占的金融支配体制」という認識がないのでしょうね。すべての個人が自立し、誰にも支配、コントロールされてなどいない…と考えておられるんじゃありませんか? しかし、あなたの周りの現実はどうでしょう? あなた自身、自立した個人として市場に向かい合っていますか? あなたの労働が「市場」の意思に従っているのではなく、(金融)資本の増殖エネルギーにコントロールされているのだということを見抜けませんか? 上司の命令、会社の方針、会社の利益…あなたの労働を左右する、これらの意思が、対等の自立した個人同士に於ける交換市場に従っているとでも思うのでしょうか?
私は文章を「飯の種に」していますが、時事や経済などの記事は、まったくと言ってよいほど売れません。グルメやレジャーの「ヤラセ記事(スポンサーよいしょ!)」が一番お金になるのです。しかし、そうした記事は「市場」が求めているのではなく、単純に「スポンサー」が求めているものです。そして、あるスポンサーがシェアを伸ばし、業界で寡占的支配を持てば、市場そのものだってコントロールできるのです。
掲示板では偉そうに、論理だとか市民的権利だとか書いている私も、実社会では「資本の奴隷」で居なければ生きていけないことを知っています。そして、金融支配が寡占化することは論理的にも現実的にも証明が容易なのです。端的な例は、日米の政府を見れば分かるでしょう。それらの政府は「借金」まみれです。 で、債権者は誰でしょう? そして政府は債権者の要求を無視できませんよね? それが「寡占的金融支配体制」の現実なのです。
>私が、何処で「公務員に対する嫉妬ではなく、論理的根拠を持った
>世界共通の意識変動」等と言ったのでございましょう。
msg80159の「世界中で国家に対する見方に大変動が起きているに過ぎない」が、そういう意味でないなら、80213で私が書いたように、お返事は結構です。あなたの言う「国家に対する見方の大変動」は、単なる言葉のアヤであり、なんらかの意味を持つものではないと言うだけのことです。
これは メッセージ 80307 (zionisatou2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/80323.html