摩訶不思議な靖国合祀
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2005/06/05 17:39 投稿番号: [73061 / 118550]
靖国関係の記事を読むと、摩訶不思議に思うことが多い。それは、戦死者を靖国に祀ることを前提として話が進められているためだ。俺が書いている「合祀」というのは、A級戦犯のことばかりでなく、すべての戦死者についてだ。なぜ、一つの場所に合祀しなければいけないのだろうか。
第一に、小泉くんは「罪を憎んで人を憎まず」と言って、A級戦犯が犯罪者であることを認めたのではないのか?遺族会は、自分たちの親族がそんな人間と一緒に合祀されることを認められるのだろうか。不思議で仕方がない。
第二に、そもそも戦死した人たちは全員が全員、自ら進んで戦争に赴いたのだろうか?国家の名の下に無理やり徴兵された人たち、他に選択肢が無くて赴いた人たちだっているのではないだろうか?もし、そうであるなら、地域地域で彼らを祀ればいいではないか。彼らの死によって一番の苦しみ受けたのは、彼らの身近にいた人たちなのだ。小泉くんが参拝したいなら、それぞれの場所に赴けばいい。国家のために命を捧げたことが重要なら、A級戦犯をはじめとして、あの戦争を率先して指導した者たちだけを靖国に祀ればいい。そうすれば、小泉くんや安倍くんのいう「平和の願い」ってのも反面教師として理屈が通るし、納得がいく。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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