対イラク武力行使

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加害者をもてなすという地獄

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2005/05/24 21:44 投稿番号: [72056 / 118550]
  軽佻浮薄な小泉が引用して喋るとなんだかさっぱりわけ分からなくなるが、「罪を憎んで人を憎まず」に関係しているので・・・。

▼犯罪を憎むこと、しかしだからこそ、殺すな!

  加賀乙彦『宣告』を読めば、悪人を善人に変えてから殺すことの愚劣さをよく実感できる。国家の合法殺人を是認する人間は、それがたとえ被害者であっても、実は本性的には実は加害者に近い暴力的人間であることを証明してしまい、光市母子殺人事件の居心地の悪さといったらないのだ。Mさんが喋れば喋るほど私はいたたまれなくなる。被害者のMさんは、いわば加害者を更正させておいて殺す(=死刑執行)ことをも望んでいるわけで、その「残虐さ」には言葉を失う。

  国家に代理殺人をも任せてしまうような浅はかな人間にはなりたくない。人間のかろうじて残された良心から発せられる最後の感情の泉の言葉が「殺すな!」だ。たとえその叫びが空しさにあふれていても・・・・・

  Mさんは中国の撫順戦犯管理所で見られた「加害者と被害者が和解する」20世紀の奇跡を知っているのであろうか?人間は変わるのだ!加害者は強かん殺人などは日常茶飯事だったのだが・・・、それは戦争という言葉だけでかたづけられる問題でもないだろう。
 
***

  国家っていうのは、遺族の代わりに仇討ちをするわけではありません。たとえ遺族が「死刑にするな!」と言っても日本政府は死刑にしています。
 
  ・・・
 
  さて撫順戦犯管理所について、「福音の馬」君にもちょっと書いたが、real_days365というアンポンタンが知りもせずボケを書いていたので、その実相をみてみましょう。


▼『戦争と罪責』野田正彰(岩波書店)より

  <管理所員の葛藤>
  他方、「思想改造」の工作に当っていた呉浩然はどんな思いでいたのだろう。

  ・・・  

  「戦犯たちの様々な謬論と怪気焔に対して、私たち工作員は誰もが大いに立腹していた。多くの工作員は、偽満州国当時、日本侵略から迫害され虐待を受けたし、何人かの同志は家族や肉親を殺害されていた。私の父と叔父は日本植民統治下の監獄の中で、ひどい虐待を受けて獄死した。

  看守員の王興はもっと酷い目に会っている。彼の家は熱河省承徳の万里の長城の側で、抗日遊撃地域に会った。日本軍の第一次大掃討作戦中、彼の家族8人のうち7人が殺され、僅かに彼1人だけが血の海から生き延びることができた。王興は伯父の家で成長した後、中国人民解放軍に参加して小隊長になった。

  1950年7月、組織は彼を撫順戦犯管理所の工作員に転属させた。彼はそのことを非常に喜んだ。ここで工作したら、昔のあの残虐な日本侵略者を処罰でき、国家と家族の仇が討てる。彼は管理所に来て日本戦犯が頑固で管理教育を受けようとせず、気勢を上げて管理教育の工作員を侮辱したり、罵倒する様子を見て、腹を立て、思う存分殴りつけてやろうと思った。しかし、当時上級機関から、収監中の戦犯を『殴ったり罵ってはいけない』『人格を尊重せよ』と厳重に指示されていた。

  王興は日本軍の大掃討のとき、全村火の海にされ、家族全員が突き刺され命を奪われた情景を思い出し、どうしても納得できないで、ベッドに伏して布団をかぶり泣き悶えた」

  ・・・

***

  「戦犯たちの様々な謬論と怪気焔」といえば思い出すのが、この掲示板で「第二の罪」を侵し続ける勤勉暇カルトバッタですな。「40にして惑わず」なんていう言葉もあるのですが、まあいい年をして大嘘にころっと騙されて踊る哀れな馬鹿です。ですが撫順戦犯管理所という奇跡があるので、まああの馬鹿バッタも刑務所で矯正できるという私の発言に嘘はない。しかし被害者で、そして家族を失った遺族のうえにその当の加害者をもてなすというのは、私は「地獄」と書きましたが、形容しがたい情景ですね。

  ・・・
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