自己責任の意味
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2005/05/10 16:41 投稿番号: [70779 / 118550]
今回誘拐された日本人と過去に誘拐された日本人との違いは、単なる私の主観の問題ではない。
確か最初は2人の報道員と3人の左翼関係の政治活動家がとらえられたように記憶している。2人の報道員が解放されたいきさつは知らないが、3人の場合は左翼系でテロに同情的だったことが幸いし、帰国後も親テロリストプロパガンダを広める約束でもしてかえしてもらったのだろう。
なんにしても、テロリストに同情してイラクへ入国し、テロに誘拐されたなら、自己責任とかいうより自業自得だ。どうなったって日本人が同情してやる義理はない。
惨殺された香田君の場合はこれといった目的もなく、護衛もつけず、危険な場所に非常に危険な時期に入り込んだ。だから脳天気とも、自己責任ともいわれたわけだ。しかしいくら脳天気だからって殺されていいという理屈にはならない。それに彼は見苦しい命乞いをしなかった。死際は潔く日本人の恥をさらさなかった。イラクへ入るという彼の行為は愚かであったが、彼の死は悲惨であった。充分に同情に値する事件であった。
今回の被害者は無論、自分の意志で危険を覚悟でイラクへ行ったが、目的はしっかりとしたイラク復興だ。イラクの民主主義のために戦いにいったのである。戦士だからどのような目にあっても仕方ないといえばそうだが、だから彼が英雄でないということにはならない。いや、そういう場所に危険覚悟でいったからこそ英雄なのだ。
>薄っぺらなのは対米追従行為のみ英雄視している体制奴隷の君たちである。
体制のやっていることにたまたま同意することが奴隷行為なのか?
じゃあ、君はイラクの民主化に反対なのか?
君は今回のイラク政策について我々が賛同しているから、我々が体制のやることは何でも賛成すると決めつけている。フセインのような危険な独裁政権を倒し、中東に民主主義を広めることを支持することがなぜ奴隷行為なのだ?
そういう行為に貢献する英雄をたたえることがなぜ薄っぺらなのだ?
自由は唯ではない。誰かが命をかけて守ってくれるからこそ我々は自由を満喫できる。そうやって戦って犠牲になった英雄をたたえることがなぜ悪いのだ?
これは メッセージ 70759 (chinpirataiji さん)への返信です.
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