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投稿者: battamama 投稿日時: 2005/05/07 19:54 投稿番号: [70585 / 118550]
先日、パール博士の『日本無罪論』を紹介した際、やむなく割愛したのがシベリアで「戦犯」という汚名を着せられて、過酷な状況の中で死んでいった人達の話。
NHKが、果たしてどのような報道をするのかは知らないが、以下の話をも含んだ上でご覧になられると、立体的な物の見方ができるかも知れない。
なお、処々誤解があるようだが、パール判事は「日本無罪論」を説いているが、日本国家が全て罪が無いと説いた訳ではないことをご理解頂きたい。
『日本の独立は正式に認められながらも、当時まだ巣鴨プリズンには約800名のBC級戦犯が幽閉されていた。その中には無実の犠牲者も少なくなかった。シベリアには「戦犯」という名において、幾十万という日本人が鉄鎖につながれ、重労働にあえいでいた。この人々の99%までは、一体戦犯の名に値する者であったろうか。中共治下においてもまた然りであった。これらの人々の家族は、あの敗戦直後の廃墟と窮乏の中で、どんな耐え難い屈辱と悲惨な生活を続けてきたことであろうか。
この一番の被害国である日本において、政治家も法律家も学者インテリもジャーナリストも、戦犯問題を真っ正面から取り上げようとはせず、むしろこれらの気の毒な同胞に石を投げるような態度に終始していたということは、今日から考えてみても、日本民族の恥辱であると思う。
1952年、パール博士は再度日本を訪れ、この悲しむべき日本の事情を看取し、大阪の弁護士会館で、法律家を前に次のように訴えた。「私が皆さんにお願いしたいのは、この国の国際軍事裁判で提示された問題をもっと研究し、真に国際法を守る法律家になっていただきたいことである。しかもその直接の被害者は日本人であり、日本国家である。それに、いまなお牢獄に、シベリアに、不公正な裁判の犠牲者として多くの同胞がつながれ、その家族は悲嘆にくれている。皆さんの兄弟や子孫は、戦犯者としての烙印を押され、いわれなき罪悪にひしがれている。云々」』(パール判事の『日本無罪論』より)
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過日、小泉首相の突然の靖国神社参拝の件で少し触れたが、小泉首相が平成15年1月、日ロ首脳会談を終え、ロシアから帰国した直後に突然小泉首相が靖国に姿を現した件に関する以下の内容とも重ねてみて欲しい。
『零下20度の厳冬下、小泉首相はコートを脱ぎ捨て慰霊碑に跪き、極寒の地で命を落としたシベリア抑留者に涙したという。
だから、帰国直後に靖国へ彼を駆り立てたものは、日本人としての、人間としての、自然な感情の発露であったのではないかと語っている。』
NHKが、果たしてどのような報道をするのかは知らないが、以下の話をも含んだ上でご覧になられると、立体的な物の見方ができるかも知れない。
なお、処々誤解があるようだが、パール判事は「日本無罪論」を説いているが、日本国家が全て罪が無いと説いた訳ではないことをご理解頂きたい。
『日本の独立は正式に認められながらも、当時まだ巣鴨プリズンには約800名のBC級戦犯が幽閉されていた。その中には無実の犠牲者も少なくなかった。シベリアには「戦犯」という名において、幾十万という日本人が鉄鎖につながれ、重労働にあえいでいた。この人々の99%までは、一体戦犯の名に値する者であったろうか。中共治下においてもまた然りであった。これらの人々の家族は、あの敗戦直後の廃墟と窮乏の中で、どんな耐え難い屈辱と悲惨な生活を続けてきたことであろうか。
この一番の被害国である日本において、政治家も法律家も学者インテリもジャーナリストも、戦犯問題を真っ正面から取り上げようとはせず、むしろこれらの気の毒な同胞に石を投げるような態度に終始していたということは、今日から考えてみても、日本民族の恥辱であると思う。
1952年、パール博士は再度日本を訪れ、この悲しむべき日本の事情を看取し、大阪の弁護士会館で、法律家を前に次のように訴えた。「私が皆さんにお願いしたいのは、この国の国際軍事裁判で提示された問題をもっと研究し、真に国際法を守る法律家になっていただきたいことである。しかもその直接の被害者は日本人であり、日本国家である。それに、いまなお牢獄に、シベリアに、不公正な裁判の犠牲者として多くの同胞がつながれ、その家族は悲嘆にくれている。皆さんの兄弟や子孫は、戦犯者としての烙印を押され、いわれなき罪悪にひしがれている。云々」』(パール判事の『日本無罪論』より)
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過日、小泉首相の突然の靖国神社参拝の件で少し触れたが、小泉首相が平成15年1月、日ロ首脳会談を終え、ロシアから帰国した直後に突然小泉首相が靖国に姿を現した件に関する以下の内容とも重ねてみて欲しい。
『零下20度の厳冬下、小泉首相はコートを脱ぎ捨て慰霊碑に跪き、極寒の地で命を落としたシベリア抑留者に涙したという。
だから、帰国直後に靖国へ彼を駆り立てたものは、日本人としての、人間としての、自然な感情の発露であったのではないかと語っている。』
これは メッセージ 70583 (battamama さん)への返信です.
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