対イラク武力行使

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天皇ヒロヒト、よく言うよ〜①

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2005/04/29 18:25 投稿番号: [69719 / 118550]
以下小森陽一『玉音放送』(五月書房)より


伊勢神宮が爆撃された翌日の7月25日午前10時20分、ヒロヒトから呼ばれた木戸は、「戦争終結につき種々御話ありたる」ことに対して、次のように答えている。

「今日軍は本土決戦と称して一大決戦により戦機転換を唱え居るも、之は従来の手並経験により俄に信ずる能わず。万一之に失敗せんか、敵は恐らく空挺部隊を国内各所に降下せしむることとなるべく、斯くすることにより、チャンス次第にては大本営が、捕虜となると云うが如きことも必しも架空の論とは云えず。爰に真剣に考えざるべからざるは三種の神器の護持にして、之を全うし得ざることとなるべし。之を考え、而して之が護持の極めて困難なる事に想到するとき、難を凌いで和を媾ずるは極めて緊急なる要務と信ず。」(『木戸日記』東京大学出版社、1966)


原爆投下6日前、7月31日。ポッダム宣言5日後、伊勢神宮空爆の7日後、ヒロヒトの発言―─

このときから6日後の7月31日、ヒロヒトは木戸に次のように語る。
「種々考えて居たが、」伊勢と熱田の神器は結局自分の身近に御移して御守りするのが一番良いと思う。而しこれを何時御移するかは人心に与うる影響も考え、余程慎重を要すると思う。自分の考えでは度々御移するのも如何かと思う故、信州の方へ御移することの心組で考えてはどうかと思う。此辺、宮内大臣と篤と相談し、政府と交渉して決定してもらいたい。万一の場合自分が御守りして運命を共にするほかないと思う」(同前『木戸日記』より)

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このときから6日後の7月31日、ヒロヒトは木戸に次のように語る。
「種々考えて居たが、」伊勢と熱田の神器は結局自分の身近に御移して御守りするのが一番良いと思う。而しこれを何時御移するかは人心に与うる影響も考え、余程慎重を要すると思う。自分の考えでは度々御移するのも如何かと思う故、信州の方へ御移することの心組で考えてはどうかと思う。此辺、宮内大臣と篤と相談し、政府と交渉して決定してもらいたい。万一の場合自分が御守りして運命を共にするほかないと思う」(同前)

  ここでいう「信州の方」とは松代大本営のことである。戦争末期に、米軍の空襲から逃れて大本営を移転するために極秘に作られていた。長野県松代の大地下壕である。この大地下壕建設のために多くの強制連行された朝鮮人労働者が働かされていたのである。ヒロヒトと「三種の神器」と大本営の安全のために、強制連行=拉致という国家犯罪が行われた事を、私たちは忘れてはならない。

  要するに、ヒロヒトは、ずっと「三種の神器」をどうやって自分が持って逃げるか、ということを考えつづけていたことがわかる。伊勢神宮が爆撃されて以後、ヒロヒトは、自分の命と「三種の神器」の守り方しか考えていなかったのである。

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