>富永について
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/04/22 22:56 投稿番号: [69287 / 118550]
こんばんわ。
>>皇軍ってろくに武器も食料も無いのに、酒と女には強い執着があったようですね。
>そのことは児玉誉士夫も言っていましたね。富永について面白いエピソードがありましたので、紹介します。
>富永は遁走後、中国戦線に赴任をしました。彼はそこで終戦を向かえ、ソ連軍に戦犯として捕まりました。
そこで彼が東条派の幹部であり、陸軍省人事局長もあったときにソ連攻撃計画に関与していたことをソ連軍に尋ねられました。
以下は引用。
>「私は宮中に行き、天皇と閑院宮にこの計画のことを説明した。天皇は計画書と作戦地図を残しておくように命じた。数日後、天皇はこれを承認した」
(高木俊朗著「陸軍特別攻撃隊下」P453)
>彼はハバロフスクの軍事裁判所で天皇の戦争責任を具体的に暴露したみたいです
そうですか。
【南京大虐殺】も当時、皇族が、天皇に報告していたそうですね。
これは戦後皇族自ら証言していますね。
どこで読んだかちょっと忘れましたが。
確か戦後に【中ソほか】天皇の【処刑】を主張していましたよね。
こういった証言も聞いていたからでしょうか。
あの裁判がアメリカ主導でなかったら、
【天皇処刑】はあったかもしれませんね。
天皇はたびたび作戦にも口出しし、毎日のように【戦況報告】させていたのですから、敵に部下を処刑させて、己だけが生き延びるのは、【恥知らず】としかいえません。
これは メッセージ 69245 (forever_omegatribe さん)への返信です.
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