対イラク武力行使

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

続き

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/04/02 23:20 投稿番号: [68194 / 118550]
しかし、そうだとすれば、その歌詞は変わらなければならない。

でなければいくら政府と官僚が主観的にその解釈を弄したとしても、対外的にはその意味の違いは示されない。

このたびの法制化は、それと逆の意思表示となる。

それだと、外に対して、

日本国民が敗戦で国民主権をかちとったにもかかわらず、それから五十四年後、

【今度は、自ら、戦前と同じ〈天皇〉との関係を選び取ったものという意味になってしまうのである」】(傍点は高橋)。
・・・


今回の法制化の提起が、日本国民が象徴天皇制に明確な意思を示す「決定的な機会」になりうるということに、私も同感である。

君が代のみならず日の丸も、神聖にして侵すべからざる天皇とその「皇国」のシンボルだった戦前の記憶をあいまいに引きずりながら、

戦後半世紀、象徴天皇制に深く結びついて維持されてきた
(かつての「巡幸」同様、最近の天皇訪問時にもつねに打ち振られる日の丸の小旗を見よ)。

【日の丸・君が代法制化問題で真に問われているのは、じつは、象徴天皇制をどうするのか、二一世紀の日本でもこれを維持するのか、それとも不要とするのか、という問題なのだ。】

・・


もし本当に「一歩踏み込む」ならば、象徴天皇制そのものを問題にすべきだろう。現憲法第一条は、国民主権の原理が象徴天皇制より優位にあることを明記している。

「日本国および日本国民統合の象徴」という天皇の「地位」は、「主権の存する日本国民の総意」(英文では「人民の意志」the will of the people)によって変えることができるのだ。

  戦後半世紀を過ぎ、二一世紀を展望するとき、今回の問題は、日本が日の丸・君が代とともに、それと不可分の象徴天皇制からも離脱するという選択を真剣に考慮する「決定的な機会」になるべきではないか、と私は思う。
・・・

日の丸、君が代、象徴天皇制は、現在の日本が「開かれた」国になることを妨げている大きな要因である。たとえば、在日朝鮮人(韓国籍・朝鮮籍を含む)は、戦前は一方的に大日本帝国に組み込まれて「皇民化」され、

戦後は通常の植民地独立のケースと異なって国籍選択権を認められず、一方的に日本国籍を剥奪された人びととその子孫である。

彼らにとって、日の丸、君が代、象徴天皇制は、戦前の植民地支配の歴史を想起させるだけでなく、戦後の「国民国家」日本による差別の象徴でもある。

【差別を逃れるために日本国籍を取得しようとすれば、そこに立ちはだかるのはまさに踏み絵としての日の丸、君が代、象徴天皇制であり、】

新たな「皇民化」としての「帰化」の構造なのだ。

日本の国立大学・大学院が民族学校出身者に門を閉ざしているためもあり、在日朝鮮人の子女の九割前後は日本の学校に通っているが、

学校教育の現場で行なわれる日の丸掲揚、君が代斉唱は、この子供たちへの不断の「皇民化」の圧力として作用している。従来もそうであったが、法制化はますますこうした圧力を強めるだろう。

  ・・

政府でさえ、尊重規定はつけない、「指導」はするが押しつけないなどといっているが、

【法制化とは、すでに義務化されているものの法的正当化にほかならない。】

【従来の強制反対運動や裁判で、反対者たちは「法的根拠のある国旗・国歌ではない」ということを大きな論拠にしてきた。法制化は、この大事な拠り所を奪ってしまうのである。】

・・

日の丸・君が代は、在日朝鮮人や「被侵略国の心ある住民」にとって侵略のシンボルであるだけではない。日本国民の一人である私にとっても、それは侵略のシンボルである。

天皇制と戦争の記憶、歴史から切り離せない。

専門研究者は、日の丸・君が代は単に侵略戦争に「利用された」のではない、それが侵略戦争を「生み出した」のだ、と語っている(駒込武氏)。

・・
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)