対イラク武力行使

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とおりすがり:銃が自由だからこそ……

投稿者: urbannet2 投稿日時: 2005/02/06 18:37 投稿番号: [63740 / 118550]
  ひさびさにこのカテをみて、あまりにも賛同するので思わず書きこみ。

  まさにおっしゃるとおり、銃が自由だからこそ、そして国家の横暴にたいして市民が自力で自分の生命そのほかを銃でまもることができるからこそ、真の自由社会といえる、と私もおもいます。

  むろん銃社会の欠点も私なりに知っているつもりです。米国には親しい者が何人もおり=生まれながらの米国人もそのなかには何人もいます=銃社会の危険性はそれなりにきいています。

  だが銃社会における真の自由の利点は、それらの欠点をおぎなってあまりあるとおもうんですね。
  自由とはなによりもまず、国家にたいする個人の自由だとおもいます。
  人権が、なによりもまず国家にたいする個人の人権であるとおなじく。

  ◇   ◇

  日本はご承知のように豊臣秀吉の刀狩りそのほかにより、市民の自衛権が国家によって奪われたまま、ずっと現在まできています。

  安全かもしれないが、それの代償はあまりにも大きいと私はおもっています。

  市民の自衛権がないかわりに安全で、銃をもたないために、子どもが殺されることも少なく、女が強姦されることもすくない社会と、
  市民の自衛権があり銃がもて、そのかわりに犯罪が多く、子どもが殺され女が強姦される社会

の二者択一を選べといわれたら、私は躊躇することなく、前者を選択します。

「おまえの子どもが殺されたり、おまえが強姦されたりしてもか」
と問う人間がいるだろうが、私はそれにたいしては、
「然り。それでもなお、私は自衛権のある社会を選択する」
と回答します。
(私は比較的近い身内に犯罪被害者もおりますので、犯罪被害者の身内の気持ちは、ある程度実感として理解できます。これ以上言えることもあるのですが、それはプライヴァシーに抵触しますので書きません)

  それは、国家の個人にたいする横暴がいかに非人間的なものかということを、やはり身内によって知っているからでもあります。
  身内が経験した犯罪被害者としての立場と、国家の個人にたいする横暴の被害者としての立場と、どちらが重大かといえば、後者のほうがはるかに重大だ、と私は即答します。

  では失礼させていただきます。
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