うそつき案山子さん、読まなくてもいいよ。
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2005/02/04 23:25 投稿番号: [63625 / 118550]
>ワシントンタイムスの株主が統一教会でも彼等がその新聞の編集に携わっているという証拠は全くない。
http://www.bekkoame.ne.jp/~j-carp/06others/seinen/2.html
<<抜粋>>
文師は投票日の前日、「ニューズワールド紙で『レーガン、地滑り的大勝利』と予言せよ」と言われました。レーガン候補が勝利するかさえ疑間なのに、「地滑り的大勝利」とは、当時の事情からして、それはあまりにも現実離れしたものでした。
私たちはみな臆病になって小さく「もしかしたら、レーガンが勝利するかもしれない」という内容の記事の草案を書いて、恐る恐る文師にお見せしました。
それを見た文師は、それをごみ箱に捨ててしまいました。そして私を真正面に見据えながら、おっしやいました。「第三次世界大戦が起こったら、どのような見出しを新聞に書くのか」と。私は何気なく「それはもちろん、たいへんなニュースですから1面の大見出しで拳のような活字を使います」と答えました。すると文師は、「そうだ! それで行け! 私にはこれが第三次世界大戦だ」とおっしやいました。
翌日の朝早く「レーガン、地滑り的大勝利」の大見出しが躍る新聞を受け取ったレーガン候補は、まず鷲き、そしてたいへん喜びました。そしてこの新聞を掲げて記者会見に出ました。それが1980年11月4日、投票日の朝でした。このニューズワールド紙の写真がアメリカ全国の新聞に出たばかりでなく、アメリカのすべてのテレビが全国に報道しました。2億4000万のアメリカ人は投票日の朝、大混乱に陥りました。彼らはテレビを通じて「レーガン、地滑り的大勝利」はよく見えるけれども、これが「ニューズワールド紙の予言である」という文字は小さくてよく見えなかったのです。アメリカは一日中、「レーガン、地滑り的大勝利」の大見出しを見ながら投票したのです。そして、その予言どおり、レーガン氏は地滑り的大勝利を収めたのです。
文師はこの新聞1枚でアメリカ全国民の心理をレーガン勝利のほうに導いたのです。今、考えても、これは天才的な戦賂でした。
レーガン政権を支えたワシントン・タイムズ紙
では、レーガン氏を大統領に当選させることによって共産主義の宗主国ソ連の終焉は決まったのでしょうか。そう簡単ではありません。もし、文師がもう一つの大きな奇跡を起こしていなかったならば、今もまだ共産主義の終焉はなかったのではないかと思います。
そのもう一つの奇跡とは、ワシントン・タイムズ紙の創刊です。
アメリカは世論の国です。政府よりも強いのが世論なのです。ところが、レーガン大統領が就任したとき、アメリカのマスコミは徹底的にリベラルであり、とくに白由世界の首都ともいえるワシントンには、ワシントン・ポストという超リベラルな容共新間1つだけしかなかったのです。東京に新聞が1つだけしかないということが考えられますか?これではソ連を「悪魔の帝国」と呼んだ、さすがのレーガンでもかないません。
そこで文師は立ち上がりました。「このままではアメリカは滅びる。アメリカが滅びれば世界が滅びる。われわれはアメリカを救わなければならない。ワシントンに保守系の新聞をつくらなければならない」と、悲壮な覚悟をしたのです。それが1982年1月1日でした。
それから半年もたたない5月17日、ワシントン・タイムズがその勇姿をアメリカの前に現したのです。レーガン政権をリベラルな容共のマスコミから守りながら、大胆な勝共政策を建議し、共産主義の宗主国ソ連の終焉に決定的な役割を果たしたのです! 今日ではワシントン・タイムズは世界最強の新聞であるとの評価を受けるようになりました。1989年12月25日、クリスマスの夜に、ゴルバチョフ・ソ連大統領はクレムリンで最後の演説を行い、ソ連という共産主義の宗主国は、ついに地上から姿を消したのです。革命から74年目のことでした。
ソ連を崩壊させ、核戦争の脅威を解消した世界最強の新聞ワシントン・タイムズは、白由世界の恩人であり、日本の恩人でもあるのです。
レーガン大統領は、8年間の任期を満了してホワイトハウスをたつとき、ワシントン・タイムズ社の社長である私をホワイトハウスに招きました。レーガン大統領は私と単独で会い、こう言ったのです。「社長! 私はワシントン・タイムズに最大の恩を受けました。私の任期8年間、ワシントン・タイムズなくしては、絶対にレーガン・ドクトリンを推進することは不可能であったでしょう。ワシントン・タイムズの創設者・文鮮明師に深く感謝の意をお伝えください」
http://www.bekkoame.ne.jp/~j-carp/06others/seinen/2.html
<<抜粋>>
文師は投票日の前日、「ニューズワールド紙で『レーガン、地滑り的大勝利』と予言せよ」と言われました。レーガン候補が勝利するかさえ疑間なのに、「地滑り的大勝利」とは、当時の事情からして、それはあまりにも現実離れしたものでした。
私たちはみな臆病になって小さく「もしかしたら、レーガンが勝利するかもしれない」という内容の記事の草案を書いて、恐る恐る文師にお見せしました。
それを見た文師は、それをごみ箱に捨ててしまいました。そして私を真正面に見据えながら、おっしやいました。「第三次世界大戦が起こったら、どのような見出しを新聞に書くのか」と。私は何気なく「それはもちろん、たいへんなニュースですから1面の大見出しで拳のような活字を使います」と答えました。すると文師は、「そうだ! それで行け! 私にはこれが第三次世界大戦だ」とおっしやいました。
翌日の朝早く「レーガン、地滑り的大勝利」の大見出しが躍る新聞を受け取ったレーガン候補は、まず鷲き、そしてたいへん喜びました。そしてこの新聞を掲げて記者会見に出ました。それが1980年11月4日、投票日の朝でした。このニューズワールド紙の写真がアメリカ全国の新聞に出たばかりでなく、アメリカのすべてのテレビが全国に報道しました。2億4000万のアメリカ人は投票日の朝、大混乱に陥りました。彼らはテレビを通じて「レーガン、地滑り的大勝利」はよく見えるけれども、これが「ニューズワールド紙の予言である」という文字は小さくてよく見えなかったのです。アメリカは一日中、「レーガン、地滑り的大勝利」の大見出しを見ながら投票したのです。そして、その予言どおり、レーガン氏は地滑り的大勝利を収めたのです。
文師はこの新聞1枚でアメリカ全国民の心理をレーガン勝利のほうに導いたのです。今、考えても、これは天才的な戦賂でした。
レーガン政権を支えたワシントン・タイムズ紙
では、レーガン氏を大統領に当選させることによって共産主義の宗主国ソ連の終焉は決まったのでしょうか。そう簡単ではありません。もし、文師がもう一つの大きな奇跡を起こしていなかったならば、今もまだ共産主義の終焉はなかったのではないかと思います。
そのもう一つの奇跡とは、ワシントン・タイムズ紙の創刊です。
アメリカは世論の国です。政府よりも強いのが世論なのです。ところが、レーガン大統領が就任したとき、アメリカのマスコミは徹底的にリベラルであり、とくに白由世界の首都ともいえるワシントンには、ワシントン・ポストという超リベラルな容共新間1つだけしかなかったのです。東京に新聞が1つだけしかないということが考えられますか?これではソ連を「悪魔の帝国」と呼んだ、さすがのレーガンでもかないません。
そこで文師は立ち上がりました。「このままではアメリカは滅びる。アメリカが滅びれば世界が滅びる。われわれはアメリカを救わなければならない。ワシントンに保守系の新聞をつくらなければならない」と、悲壮な覚悟をしたのです。それが1982年1月1日でした。
それから半年もたたない5月17日、ワシントン・タイムズがその勇姿をアメリカの前に現したのです。レーガン政権をリベラルな容共のマスコミから守りながら、大胆な勝共政策を建議し、共産主義の宗主国ソ連の終焉に決定的な役割を果たしたのです! 今日ではワシントン・タイムズは世界最強の新聞であるとの評価を受けるようになりました。1989年12月25日、クリスマスの夜に、ゴルバチョフ・ソ連大統領はクレムリンで最後の演説を行い、ソ連という共産主義の宗主国は、ついに地上から姿を消したのです。革命から74年目のことでした。
ソ連を崩壊させ、核戦争の脅威を解消した世界最強の新聞ワシントン・タイムズは、白由世界の恩人であり、日本の恩人でもあるのです。
レーガン大統領は、8年間の任期を満了してホワイトハウスをたつとき、ワシントン・タイムズ社の社長である私をホワイトハウスに招きました。レーガン大統領は私と単独で会い、こう言ったのです。「社長! 私はワシントン・タイムズに最大の恩を受けました。私の任期8年間、ワシントン・タイムズなくしては、絶対にレーガン・ドクトリンを推進することは不可能であったでしょう。ワシントン・タイムズの創設者・文鮮明師に深く感謝の意をお伝えください」
これは メッセージ 63591 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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