論理の限界 滅びの角笛 ぷっぷぷぷー
投稿者: real_days365 投稿日時: 2004/12/22 01:47 投稿番号: [60165 / 118550]
論理的であろうとすることは、自己と他の公正さを希求する崇高な態度である。
しかし、人間には論理性を許容できる肉体的限界と、情緒的個体差があり、
明らかに論理より感情を優先する”不公正な”人間も存在する。
論理的であろう、他者の意見を尊重しようという態度は
同時に、”不公正な”人間の非論理的言葉すらも擁護しなくてはならない自己矛盾を孕む。
誰も言わないだろうから、ハッキリ言おう。
言葉のうえの正義は、無力だ。
不完全な”公正さ”の為に、論理と感情、正論と暴論を妥協させることは、正義に背を向けることだ。
正しい道を歩むものは、感情から発して他者を害する妄言を”粛清”する責務を負っている。
某SF作品に出てくる、非常に論理的な某サイボーグならきっと
イラク問題について、こう言うだろう。
『 我々は民主主義・先進国。
抵抗は無意味だ。
イラクを民主化する。 』
”行動”が”論理”を具現化し、
世界に
正義と
未来を実現する。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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