「撃つなら撃ってみろ」
投稿者: from_east_coast_25 投稿日時: 2004/12/08 22:51 投稿番号: [59239 / 118550]
朝鮮戦争に出動した日本特別掃海隊
能勢省吾
http://www.dii.jda.go.jp/msdf/mf/special5.htm
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(8) 掃海を中止、下関に帰投
各艇が「ゆうちどり」に集合横付けした時には既に夕刻になっていた。各艇長からは喧々愕々の意見がでてきた。
「米軍の戦争にこれ以上巻き込まれたくない。掃海を止めて日本に帰るべきだ」
「出発前の下関における総指揮官の説明とは話が違う」等々である。各艇長誰も引き続き掃海をやろうという者はいない。議論は沸騰するばかりである。
〜
このままこの海域の掃海を続行すれば、また犠牲者を出すことは必至であると予想され、掃海を中止して日本に引き揚げるとすれば作戦中のことであるから米軍の取り扱いによっては、或いは重い刑罰を受けることがあるかもしれない。私は艇長達に対して「何とか方法を考えて掃海を続行することを考えようではないか」と説得を試みてみたが、各艇長とも強硬でなかなか耳を貸さない。艇長の意見は各艇乗員の意見をも代表していたのであった。そのうちに各艇長とも掃海を止めて日本に帰る腹を決めてしまった。私としては万事窮すである。
掃海隊員は国家公務員として一般事務官と同等の待遇であり生命の危険を犯して任務を遂行する義務がないため、これも命令するわけにいかず、ただ日本における掃海だけは僅かの掃海手当を貰って掃海の危険性を承知の上でこれに立ち向かっていたが、これには日本再建という高い使命感があったのである。差し当たり適当な掃海法も見当たらず、これ以上掃海を強行継続すれば、また犠牲者を出すことが多分に予想されたので、私はもうこれ以上犠牲者を出すべきでないと決心し、遂に元山における掃海を中止するの止むなきに至った。遂に私は部下各艇長と運命を共にし、何れは全責任を背負っていこうと決心し、田村総指揮官に対し部下掃海艇3隻を率いて日本に帰投したい旨を申し出たのである。田村総指揮官も止むを得ずとして、これを受け入れることになった。総指揮官からは私に対して「君は残らないか」との勧奨があったので内心残ってもよいという気持はあったけれども、自分の指揮下の掃海艇全部が日本に帰るというのに指揮官だけが居残るわけにいかないと思い、かつは、当初下関を出発するに当たって「何か事が起こった時は、俺が皆を連れて帰るから安心してついて来い」と約束した手前もあり、総指揮官の厚意を辞退したのであった。
田村総指揮官と司令官スミス少将との最後の交渉において、スミス少将から「日本掃海隊は明朝0700出港して掃海を続行せよ。しからずんば日本に帰れ。その15分以内に出なければ砲撃する」ということが田村総指揮官から伝えられた。私は砲撃するとは何事ぞ、と内心憤激すると共に「撃つなら撃ってみろ」という気持になり、即刻出港して日本に帰ろうと決心したのであった。米軍の指揮下にあって米軍作戦命令に違反しての行動をとろうとするのであるから、後の処罰については、勿論覚悟のことであった。
〜
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(コメント)
あれだけ完敗して焼け野原にされた後でさえ、『おかしい』ことは『おかしい』といった日本人もいたのです。
筋をとおせ、現代の日本人!!
http://www.dii.jda.go.jp/msdf/mf/special5.htm
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(8) 掃海を中止、下関に帰投
各艇が「ゆうちどり」に集合横付けした時には既に夕刻になっていた。各艇長からは喧々愕々の意見がでてきた。
「米軍の戦争にこれ以上巻き込まれたくない。掃海を止めて日本に帰るべきだ」
「出発前の下関における総指揮官の説明とは話が違う」等々である。各艇長誰も引き続き掃海をやろうという者はいない。議論は沸騰するばかりである。
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このままこの海域の掃海を続行すれば、また犠牲者を出すことは必至であると予想され、掃海を中止して日本に引き揚げるとすれば作戦中のことであるから米軍の取り扱いによっては、或いは重い刑罰を受けることがあるかもしれない。私は艇長達に対して「何とか方法を考えて掃海を続行することを考えようではないか」と説得を試みてみたが、各艇長とも強硬でなかなか耳を貸さない。艇長の意見は各艇乗員の意見をも代表していたのであった。そのうちに各艇長とも掃海を止めて日本に帰る腹を決めてしまった。私としては万事窮すである。
掃海隊員は国家公務員として一般事務官と同等の待遇であり生命の危険を犯して任務を遂行する義務がないため、これも命令するわけにいかず、ただ日本における掃海だけは僅かの掃海手当を貰って掃海の危険性を承知の上でこれに立ち向かっていたが、これには日本再建という高い使命感があったのである。差し当たり適当な掃海法も見当たらず、これ以上掃海を強行継続すれば、また犠牲者を出すことが多分に予想されたので、私はもうこれ以上犠牲者を出すべきでないと決心し、遂に元山における掃海を中止するの止むなきに至った。遂に私は部下各艇長と運命を共にし、何れは全責任を背負っていこうと決心し、田村総指揮官に対し部下掃海艇3隻を率いて日本に帰投したい旨を申し出たのである。田村総指揮官も止むを得ずとして、これを受け入れることになった。総指揮官からは私に対して「君は残らないか」との勧奨があったので内心残ってもよいという気持はあったけれども、自分の指揮下の掃海艇全部が日本に帰るというのに指揮官だけが居残るわけにいかないと思い、かつは、当初下関を出発するに当たって「何か事が起こった時は、俺が皆を連れて帰るから安心してついて来い」と約束した手前もあり、総指揮官の厚意を辞退したのであった。
田村総指揮官と司令官スミス少将との最後の交渉において、スミス少将から「日本掃海隊は明朝0700出港して掃海を続行せよ。しからずんば日本に帰れ。その15分以内に出なければ砲撃する」ということが田村総指揮官から伝えられた。私は砲撃するとは何事ぞ、と内心憤激すると共に「撃つなら撃ってみろ」という気持になり、即刻出港して日本に帰ろうと決心したのであった。米軍の指揮下にあって米軍作戦命令に違反しての行動をとろうとするのであるから、後の処罰については、勿論覚悟のことであった。
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(コメント)
あれだけ完敗して焼け野原にされた後でさえ、『おかしい』ことは『おかしい』といった日本人もいたのです。
筋をとおせ、現代の日本人!!
これは メッセージ 59238 (from_east_coast_25 さん)への返信です.
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