気が重いことだけど…
投稿者: Felix0055 投稿日時: 2003/03/21 20:46 投稿番号: [5838 / 118550]
私は無邪気に「反戦デモ」なんかする気にはなれないな。
「平和、平和」って叫んでれば戦争がなくなるのかっ?っていう点もあるけど、
やっぱり今「反戦、反米デモ」をやることは結局はフセインを利することになると思う。
まぁ、何か効果があるとしたら、少しでも民間人の犠牲者を少なくするように
米軍に圧力をかけられる、くらいのものかな。
宇多田ヒカルはHPで、「賛成する人も、無関心な人も、同罪」と反戦を訴えている。
じゃあ、今回反戦デモに参加した人達は「あたしは反対したもんね」と
後で胸をはれるとでもいうのだろうか。
フセイン政権の下で投獄され、拷問され、処刑されていった人々。
また政権に反対したために国外に逃れざるを得なくなった人たち。
その犠牲者は100万人とも言われている。
こういった人々に対して我々は今までそれこそ「無関心」だったんじゃないのか。
なのに「戦争」というわかりやすい形になった時だけ関心を寄せて、
「戦争反対」を叫んで、はたしてそれが正義と呼べるのか?
そんなことを考えると、反戦デモをやってる人達がうすっぺらく見えてくる。
どなたかも書いていたが、どうしてイラクに対する反戦デモがないんだろう?
デモのプラカードの中には
「フセインは退陣しろ!」「イラク国民を解放せよ!」
なんていうのは見あたらないのはどうしてだろう?
そんなふうに単純に平和を唱えるだけの人たちには「戦争だけが悪なのか」と言いたい。
読売の記事に載った、あるイラク国民の言葉、
「もう平和はいい。希望のない平和と、希望の持てる戦争だったら、どっちがいいですか」
幻想的平和主義者たちはこの言葉をどう聞くだろう。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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