>ドキュメンタリーとか
投稿者: ricochet19th 投稿日時: 2004/11/25 17:57 投稿番号: [58274 / 118550]
>硫黄島の戦いについてあなたが少しでも知っていれば・・・
その文章を読む限りだと、多分あなたよりも当時のことを理解している人はたくさんいると思います。
戦闘員、非戦闘員って言うけど実際には男なら誰だって、それこそ10歳近くの少年や老人でも体を壊してないものなら上限下限を無視してすべての市民が兵士として狩り出された。女性だって間接的に関わらされていたのも周知のとおり。この頃には純粋に訓練を受けた兵隊はほとんど戦死してしまったから、つい昨日までは普通の市民に過ぎなかった人たちが、殆どの戦闘員の実態です。そしてそれ以上に犠牲になった”非戦闘員”と呼ばれる人たちの実態は、言わずもがなですね。もう残っている人たちは。
そういう人たちが、当時最高の装備と錬度を誇るアメリカ軍に、貧弱極まりない装備を持たされて向かっていかなきゃならなかった事実を前にして、普通は根性あるなぁなんて言いませんよ。あなたの言う平和ボケしていない人ならね。
彼らは死に物狂いだったんじゃないんですか?
そして死に物狂いで向かってくる相手を前にした米軍も、モラルや正気を脇に置いといて自身も死に物狂いで戦わなければならない。
米軍は集落にいた女子供にも容赦なく銃弾を浴びせたといわれています。勿論これには事情があります。装備で圧倒的に勝る米軍相手に何とか接近しようとした兵士たちの一部が女性の着物を身にまとうことで敵の目を欺こうとし、結果的にそれが双方の疑心を増幅させました。
誰だって、追い詰められれば生き抜くために何だってするし、ほんとは誰だって死にたくなかったんじゃないでしょうか。
でも日本には一般市民に至るまで降伏する権利も教育も満足に存在しなかった。だから米軍の降伏勧告に対して満足に答えることもできずに自決したり、あるいはタイムアップで投げ込まれた米軍の爆弾で爆死したり、火炎放射器で焼き殺されたりと助かる権利をその手に有しながらも死んでいきました。
>歴史を振り返ってみると、これだけの犠牲を払っても戦っても、何かを守ろうとしていた根性のある人間が敵味方のどちらにもいたということがわかる。
根性、なるほど確かにあるかもしれない。なんたって死に物狂いなんだから根性なんて生易しいものじゃすまないだろう。
でもあの戦争を生き延びた人たちが後世に訴えかけてきたことってそんなことだけですか?それ以外にももっと違ったことを、もっと重要な事がたくさん述べられてるんじゃないでしょうか?
少なくとも俺が直接聞く機会のあった話の中では、あなたの様な程度の差を見せびらかして自分たちの逞しさを誇るような話では全くありませんでしたし、その方もそのような賛辞を望んでるとは思えませんでした。
平和ボケしていない人=戦争の実態、命を奪い合うことの本当の恐ろしさを知っている人のことを指し示すと俺は思います。人間の中には生来案全地帯から一歩も出たことがなくても必要以上に暴力的になったり不穏当な言葉や表現を好んで正義に包んで用いたりする人もいます。俺はそういう人たちが平和ボケしていない人たちだとは到底思えません。
あの戦争を生き延びて、後世に何かを残そうとしている人たちは、あなたの様に個々の被害者の苦しみを戦争全体の規模で図ろうとしたり悲劇に順当を付けたりといったことはしないんじゃないですか?自分たちの悲劇と、今起きている悲劇を重ねはしても、比較して優越をつけようとはしないはずです。
イラク戦争も太平洋戦争も、大切な人を喪った人達にとっては一様につらい戦争であるはずです。
我々にそういった辛い過去があったからこそ、現代においてなおさらわれわれは再びその方向に行くのを諌めなければならない。小さな火種から連鎖して世界中が疲弊しモラルを失うようなかつての大戦まで拡大してしまわないように。
そうでなくっても、少なくとも、過去の悲惨な出来事を今起こってる出来事に対して「ホンとに悲惨なことってのは昔にあったあれのことを言うんだろが」っていう自己弁護の犠牲にしてしまうような真似は、正直、本当に平和ボケでもした人間でもなければできない冒涜行為だと思いますよ。
正義正義って口にする割にはあなたの文章にはそういった常識的な感覚が非常に貧困だと感じる部分が幾つもあります。規模や意図、種類で無差別であるのかないかの有無のすべてが決まると攻撃側の視点のみで言い切っちゃったり、このような例えを持ち出したりすることも。
俺はにあなたが正義の人でも別に何でもかまいませんけど、そういった視点や感覚が欠如している状態を平和ボケしていない言うなら、俺はボケたままでもいいからそれをできるだけ損ねることなく起こった事実とその行方を見極めていきたいって思います。
その文章を読む限りだと、多分あなたよりも当時のことを理解している人はたくさんいると思います。
戦闘員、非戦闘員って言うけど実際には男なら誰だって、それこそ10歳近くの少年や老人でも体を壊してないものなら上限下限を無視してすべての市民が兵士として狩り出された。女性だって間接的に関わらされていたのも周知のとおり。この頃には純粋に訓練を受けた兵隊はほとんど戦死してしまったから、つい昨日までは普通の市民に過ぎなかった人たちが、殆どの戦闘員の実態です。そしてそれ以上に犠牲になった”非戦闘員”と呼ばれる人たちの実態は、言わずもがなですね。もう残っている人たちは。
そういう人たちが、当時最高の装備と錬度を誇るアメリカ軍に、貧弱極まりない装備を持たされて向かっていかなきゃならなかった事実を前にして、普通は根性あるなぁなんて言いませんよ。あなたの言う平和ボケしていない人ならね。
彼らは死に物狂いだったんじゃないんですか?
そして死に物狂いで向かってくる相手を前にした米軍も、モラルや正気を脇に置いといて自身も死に物狂いで戦わなければならない。
米軍は集落にいた女子供にも容赦なく銃弾を浴びせたといわれています。勿論これには事情があります。装備で圧倒的に勝る米軍相手に何とか接近しようとした兵士たちの一部が女性の着物を身にまとうことで敵の目を欺こうとし、結果的にそれが双方の疑心を増幅させました。
誰だって、追い詰められれば生き抜くために何だってするし、ほんとは誰だって死にたくなかったんじゃないでしょうか。
でも日本には一般市民に至るまで降伏する権利も教育も満足に存在しなかった。だから米軍の降伏勧告に対して満足に答えることもできずに自決したり、あるいはタイムアップで投げ込まれた米軍の爆弾で爆死したり、火炎放射器で焼き殺されたりと助かる権利をその手に有しながらも死んでいきました。
>歴史を振り返ってみると、これだけの犠牲を払っても戦っても、何かを守ろうとしていた根性のある人間が敵味方のどちらにもいたということがわかる。
根性、なるほど確かにあるかもしれない。なんたって死に物狂いなんだから根性なんて生易しいものじゃすまないだろう。
でもあの戦争を生き延びた人たちが後世に訴えかけてきたことってそんなことだけですか?それ以外にももっと違ったことを、もっと重要な事がたくさん述べられてるんじゃないでしょうか?
少なくとも俺が直接聞く機会のあった話の中では、あなたの様な程度の差を見せびらかして自分たちの逞しさを誇るような話では全くありませんでしたし、その方もそのような賛辞を望んでるとは思えませんでした。
平和ボケしていない人=戦争の実態、命を奪い合うことの本当の恐ろしさを知っている人のことを指し示すと俺は思います。人間の中には生来案全地帯から一歩も出たことがなくても必要以上に暴力的になったり不穏当な言葉や表現を好んで正義に包んで用いたりする人もいます。俺はそういう人たちが平和ボケしていない人たちだとは到底思えません。
あの戦争を生き延びて、後世に何かを残そうとしている人たちは、あなたの様に個々の被害者の苦しみを戦争全体の規模で図ろうとしたり悲劇に順当を付けたりといったことはしないんじゃないですか?自分たちの悲劇と、今起きている悲劇を重ねはしても、比較して優越をつけようとはしないはずです。
イラク戦争も太平洋戦争も、大切な人を喪った人達にとっては一様につらい戦争であるはずです。
我々にそういった辛い過去があったからこそ、現代においてなおさらわれわれは再びその方向に行くのを諌めなければならない。小さな火種から連鎖して世界中が疲弊しモラルを失うようなかつての大戦まで拡大してしまわないように。
そうでなくっても、少なくとも、過去の悲惨な出来事を今起こってる出来事に対して「ホンとに悲惨なことってのは昔にあったあれのことを言うんだろが」っていう自己弁護の犠牲にしてしまうような真似は、正直、本当に平和ボケでもした人間でもなければできない冒涜行為だと思いますよ。
正義正義って口にする割にはあなたの文章にはそういった常識的な感覚が非常に貧困だと感じる部分が幾つもあります。規模や意図、種類で無差別であるのかないかの有無のすべてが決まると攻撃側の視点のみで言い切っちゃったり、このような例えを持ち出したりすることも。
俺はにあなたが正義の人でも別に何でもかまいませんけど、そういった視点や感覚が欠如している状態を平和ボケしていない言うなら、俺はボケたままでもいいからそれをできるだけ損ねることなく起こった事実とその行方を見極めていきたいって思います。
これは メッセージ 58272 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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