対イラク武力行使

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ドイツの戦後の都合。

投稿者: ahuramazda1945 投稿日時: 2004/11/22 12:30 投稿番号: [58132 / 118550]
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日本は、ドイツと違って【自ら戦犯を処罰】しなかった為に、加害事実について、認識が甘いと思います。
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  ドイツにはドイツの都合というものが存在する。
ドイツと日本とではそもそも事情が違うから、ドイツの戦後など参考にもならない。
問題になるのは、「個人補償」という言葉に関する感傷的誤解である。
ドイツは国家賠償を済ませた後で、それでは足りないからより手厚い、心のこもった人道的措置として、「個人補償」をさらに重ねているという、前提ですべてが語られ、そのためドイツの償いの仕方が礼讃されている。とすると日本はまだ本当の補償をしていないのではないか、という不安と劣等感に襲われてしまう。近代戦争史では敗戦国が、戦勝国に「国家賠償」を支払うのが普通であり、戦勝国の被害者ひとりひとりに、個別に「国家賠償」をしたことはなく、まずここに大きな事実誤認がある。

  ドイツはまだ国家賠償をしていない。これは東西分割国家であったからであるが、さらに、旧交戦国のどの国とも、講和条約を結んでいない。

【参考】ドイツ統一と賠償《ロンドン債務協定》
http://home.netsurf.de/tan.minoguchi/baisho.htm

  ドイツの巨額補償は、賠償ではなくナチ犯罪に対する「政治上の責任」の遂行である。したがって、どこまでも「個人」の次元で処理されるべきものであり、「集団の罪」を認めない歴代ドイツ政府の立場は、ここでこそ貫かなければならない。ナチ犯罪に、ドイツ国家は、「道徳上の責任」を決して負わないし、あくまでも個人の犯罪の集積であって、償いは、どこまでも「個人」に対してなされるべきである。ただし、ドイツ国家が「政治上の責任」を果たすために、財政負担をするという理屈ではある。
  個人補償は、そのような背景から出てきた例外措置で日本人が感傷的に誤解したような、より手厚い心のこもった、人道的措置ではない。戦後処理に個人補償など考えられないことであり、ドイツのこの例が、おそらく歴史上最初であり最後であろう。

  以上のように、日本とドイツは、償いの方式が違うのであり、日本は、国に対する賠償を基本とし、一方ドイツは、被害者個人への「補償」を柱にしているのである。
http://wwwi.netwave.or.jp/~mot-take/jhistd/jhist4_2_3.htm

【参考】ヴァイスゼッカ‐演説の虚構
  最も有名なのがヴァイツゼッカー大統領の1985年・戦後40周年記念演説「過去に目を閉ざすものは結局のところ現在にも盲目となる」ですが、それも含めてドイツはユダヤ人ホロコーストについては謝罪しても戦争に関しては一言も謝罪していない。元来戦争には双方に大義名分があるので謝罪の概念なんてあり得ない(西欧の戦争観参照)。有るのは敗戦国の賠償だけです。

「戦争責任とはなにか   清算されなかったドイツの過去」   木佐芳男   中公新書
「ヴァイツゼッカーをつまみ食いするなかれ」   庄司潤一郎   雑誌   「諸君」
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/doitushazai.htm

国際シンポジウム用レポート 2001・11・14
「<戦争責任とは何か>   清算されなかったドイツの過去」(中公新書1597)ジャーナリスト・木佐芳男    
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121015975/qid%3D1070892921/sr%3D1-2/ref%3Dsr%5F1%5F2%5F2/249-6619552-3481124

  あくまでも、参考です。

  単なる、参考。

  参考。

  何も、コメントする気がおきない。
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