ナンチャッテさんお久しぶりです。
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/10/14 23:06 投稿番号: [55731 / 118550]
>神はただ遍く照らしているだけですよ。
そうなんですか。
ではイスラエルの神でも、天地創造も無かったのでしょうねえ?
仏教的な神(?)毘盧遮那仏とか、大日如来とかそういう神の概念はただ遍く照らしているという印象ですが、少なくとも、私の知っているキリスト教系の一部の神は、信仰するものとしないものとで区別する(つまり意志を持っている)ようでしたけどねえ。ハルマゲドンで救ってくれなかったり・・・(^_^;)
ギリシャの神なんて、嫉妬もすれば、略奪だって殺人だってしますよねえ?
たとえば理神論で言うところの神は、「創造におけるきっかけとしての始めのワンキック」だけの方向性を示したとすることだと理解していますが、こういうさまざまな「神」と言う概念に対して普遍性を持った存在はいるのでしょうか?
>人の生き方は個々によって違います、
>故に、神に「より近い者」もいれば、神に「より遠い者」もいるでしょう
>答えはただ一つ
>「神が遍く照らすが故に、苦しむ者と幸ある者」が生まれるのです。
へえ、そうなんですか・・・。
たとえばどういう人が「神から遠い者」だと考えられるのでしょうか?
また、たとえば、神から遠い人は「苦しむ者と幸ある者」のどちらに入るのでしょうか?
神の光は、距離によって減退していくのでしょうか?
>「『人間として同等である』という大原則」こんなものに縛られていては、物事を見間違いますよ。
今のところ私には意味不明です。お互いの立脚点が違うのかもしれませんね?
これは メッセージ 55724 (nanntyattesamurai さん)への返信です.
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