>ボランティア…アセアンさん
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/10/13 17:28 投稿番号: [55616 / 118550]
>>
NGOがアマチュアの集まり等という理解あら大きくかけ離れた
というかNPOもそうですが、バリバリのプロがその活動を
支えない限り出来ない活動ばかりなのです、大体
灌漑設備を作ることが、灌漑設備とは何かを知らない
アマチュアに作れる訳が無い。
>>
分かります。ボランティア問題は日本では誤解が多いですね。
ポランティアが善意と訳されているのも、どうも問題がありそうな。
>>
バリバリのプロがその活動を
支えない限り出来ない活動ばかりなのです、
>>
分かります。技術者などもそうですが、一般的な部分でもそうじゃないでしょうか。政府組織よりもある意味では、バリバリのプロである必要があるでしょうね。政府組織には、出来上がった組織もある人員もいる裏付けもある…。
だが、NGOの方はそれがない訳ですから日本政府との交渉、現地政府との交渉、国際機関との接触、支援対象になっている人たちとの接触の技術…。組織を纏める仕事…。資金集め…。
考えてみると実に複雑ですものね。
信念と技術が伴わないと、何もできないですね。素人が集まったって邪魔なだけ。
勉強しなければならないことも多そうですし。
ボランティアというのは、実際に参加してみると、案外、精神的にも苛酷な世界のような気がしていますね。善意や何かやりたい、などの動機でもどうにもならないのかも。参加には相当の訓練がいるような。
NGOもボランディア活動も、まだまだ、試行錯誤があり、発展途中の多くの問題を抱えているでしょうね。そして、個人の場合は、一生関わる覚悟とか、ある一定の機関は何があってもやる…、などの決意が必要なんでしょうね。
ボランティアに関しては、もっともっと、世間一般に正しく認識してもらうという努力も必要なんでしょうね。
実は、私自身が漠然としか知らない。
NGOなどに関わるのは、ある意味、政治家になる以上の覚悟がいるのかも知れないですね。ま、実際にそれだけの意味のある仕事でもある訳で…。やり方次第ですけど…。
まあ、こう考えてくると、あまり非政府組織に頼るのもどうかな、という気もしますね。政府がしっかりして進めていかないといけない事柄の方が多いでしょうね。ブータンの例も、民間事業じゃないですね。行なった人は政府系組織の仕事として始めたのがキッカケですね。
そして、成功例などみると素晴らしい。だが、政府系の組織になると、アセアンさんがご指摘のような自己完結型、自己満足型にも陥りやすい。
それならまだ、いいのですが、ODAなどを見ていると、自己利益追求型まで発生していまっている。ODAのあり方が問題になるのは、もう、当たり前過ぎると言うわけです。
援助するというのは難しいものです。特に外国になると、隣近所や災害地などを助けるのとは違う。
人心、環境、価値観、政治、宗教、ありとあらゆる面で日本とは違う外国ですから、たやすいことじゃないですね。
国際貢献、後進国支援、言葉は簡単ですし、美名です。だが現実は重いです。簡単に点数のとれるようなことじゃないですね。国も社会も個人も底力の問われる事業なんですね。ODAの無残な側面が語っているのは、それなんでしょうね。
ところで、アセアンさん。いきなり卑近になりますけど、ODAで成功した、評価できる、というケースは具体的にはどんなものがありますか。アセアンさんの評価でも構いませんので、知って置きたいですね。
私が仕事で、と言っても、組織の中枢などとは遠い末端で関わっただけですけど、いくつかのアフリカのODAなど、全くの無意味、お金をどぶに捨てたに近いケースばかりです。両国政府の自己満足と、関係者の懐が潤っただけですね。
被害者は利用された現地住民であり、ドブにすてる金銭を負担した日本国民です。
その実態を知らない訳はない代議士の鈴木宗男氏が、「困った人を助けるのが何が悪い。援助をやめるなどととんでもない」と怒鳴り声を上げていたのに、唖然としますね。
だが、内情や現実を知らない人は、「困っている人を助けることの何処が悪い」と大声を上げられると言葉を失ってしまいますね。
NGOがアマチュアの集まり等という理解あら大きくかけ離れた
というかNPOもそうですが、バリバリのプロがその活動を
支えない限り出来ない活動ばかりなのです、大体
灌漑設備を作ることが、灌漑設備とは何かを知らない
アマチュアに作れる訳が無い。
>>
分かります。ボランティア問題は日本では誤解が多いですね。
ポランティアが善意と訳されているのも、どうも問題がありそうな。
>>
バリバリのプロがその活動を
支えない限り出来ない活動ばかりなのです、
>>
分かります。技術者などもそうですが、一般的な部分でもそうじゃないでしょうか。政府組織よりもある意味では、バリバリのプロである必要があるでしょうね。政府組織には、出来上がった組織もある人員もいる裏付けもある…。
だが、NGOの方はそれがない訳ですから日本政府との交渉、現地政府との交渉、国際機関との接触、支援対象になっている人たちとの接触の技術…。組織を纏める仕事…。資金集め…。
考えてみると実に複雑ですものね。
信念と技術が伴わないと、何もできないですね。素人が集まったって邪魔なだけ。
勉強しなければならないことも多そうですし。
ボランティアというのは、実際に参加してみると、案外、精神的にも苛酷な世界のような気がしていますね。善意や何かやりたい、などの動機でもどうにもならないのかも。参加には相当の訓練がいるような。
NGOもボランディア活動も、まだまだ、試行錯誤があり、発展途中の多くの問題を抱えているでしょうね。そして、個人の場合は、一生関わる覚悟とか、ある一定の機関は何があってもやる…、などの決意が必要なんでしょうね。
ボランティアに関しては、もっともっと、世間一般に正しく認識してもらうという努力も必要なんでしょうね。
実は、私自身が漠然としか知らない。
NGOなどに関わるのは、ある意味、政治家になる以上の覚悟がいるのかも知れないですね。ま、実際にそれだけの意味のある仕事でもある訳で…。やり方次第ですけど…。
まあ、こう考えてくると、あまり非政府組織に頼るのもどうかな、という気もしますね。政府がしっかりして進めていかないといけない事柄の方が多いでしょうね。ブータンの例も、民間事業じゃないですね。行なった人は政府系組織の仕事として始めたのがキッカケですね。
そして、成功例などみると素晴らしい。だが、政府系の組織になると、アセアンさんがご指摘のような自己完結型、自己満足型にも陥りやすい。
それならまだ、いいのですが、ODAなどを見ていると、自己利益追求型まで発生していまっている。ODAのあり方が問題になるのは、もう、当たり前過ぎると言うわけです。
援助するというのは難しいものです。特に外国になると、隣近所や災害地などを助けるのとは違う。
人心、環境、価値観、政治、宗教、ありとあらゆる面で日本とは違う外国ですから、たやすいことじゃないですね。
国際貢献、後進国支援、言葉は簡単ですし、美名です。だが現実は重いです。簡単に点数のとれるようなことじゃないですね。国も社会も個人も底力の問われる事業なんですね。ODAの無残な側面が語っているのは、それなんでしょうね。
ところで、アセアンさん。いきなり卑近になりますけど、ODAで成功した、評価できる、というケースは具体的にはどんなものがありますか。アセアンさんの評価でも構いませんので、知って置きたいですね。
私が仕事で、と言っても、組織の中枢などとは遠い末端で関わっただけですけど、いくつかのアフリカのODAなど、全くの無意味、お金をどぶに捨てたに近いケースばかりです。両国政府の自己満足と、関係者の懐が潤っただけですね。
被害者は利用された現地住民であり、ドブにすてる金銭を負担した日本国民です。
その実態を知らない訳はない代議士の鈴木宗男氏が、「困った人を助けるのが何が悪い。援助をやめるなどととんでもない」と怒鳴り声を上げていたのに、唖然としますね。
だが、内情や現実を知らない人は、「困っている人を助けることの何処が悪い」と大声を上げられると言葉を失ってしまいますね。
これは メッセージ 55599 (asean_peace11 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/55616.html