対イラク武力行使

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道義的責任>ライターさん

投稿者: silverlining430 投稿日時: 2004/10/04 18:20 投稿番号: [55005 / 118550]
岩波文庫の赤本にICUの最上俊樹教授が書いた「人道的介入」って著書がありますよね。

そこで、最上教授が論じているボンヘッファーのジレンマの話がとても興味深いんですよ。もし関心があれば一読お薦めです。

道義的という話になると、9・11のテロを行った犯人も、それに対し武力で対抗した米国も、道義的な観点から正当化するということは僕はできないんですよ。政治的な効用って汎価値的な視点からだったら、いくらでも屁理屈はこねられますが…。

テロは完全に犯罪ですが、米国にも武力行使に踏み切るということの政治的決断の前に、倫理的な苦悩があって当然だと思うんです。

基本的に人殺しするわけですから…。

米国は武力行使に踏み切ることに、どう苦悩したかどうか分かりませんがね。

で、その苦悩が深ければ深いほど、プラグマティックではない、もっと先の未来を見据えた秩序像が描けるかもしれないと僕は思っています。

アフガンにしても、イラクにしても、米国の対応は極めてプラグマティックなんです。場当たり的すぎるんですよね。

そんなプラグマティックな姿勢は、道義的なものとも相容れないし、国際政治なんてのは所詮そんなもんだと元も子もない話しにもなる。

繰り返しになりますが、現在の国際法秩序は、武器を取る者に多大な制約を課すことを前提としているんです。なので、武器を取った者にはとことん冷たい世論が出てくるのは当たり前だし、それが逆に健全なのかもしれません。

なぜ武器を取った者にここまで制約が課されるのか?

米国も考えるべき道義的問いですね。そして、いわゆる過激派にもそういう法治概念が浸透するかどうか――道義的な価値観の普遍化が必要になってくる問題です。この辺が勝負どころかな?
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