脱・記者クラブと石原
投稿者: spica_022 投稿日時: 2004/10/01 15:05 投稿番号: [54727 / 118550]
はろー☆フロムちゃん。
>>
だから、まず読みなさいって。忙しいぶってないでさ。
>>
。。。。。^^;
じつはフロムちゃんおすすめの「いま、魂の教育」は、読んだのよ。立ち読みで。ざーっと流し読みしただけなんだけど。
で、感想。なんとまあ、平凡な教育論だことよ。もう、ほんとーに普通のおっさんが普通に書いただけって感じ(やや身内自慢が鼻につくけど)。ものすごーく当たり前のことを当たり前に言ってるだけなので、けなすこともほめることもできない。ページを閉じた3分後には何を書いていたのか忘れてしまうような、なーんにも後に残らない本でした。
(ごめん、これでも一応、悪口にならないように書いてるんです。気を悪くしないでね^^;)
ひとつ感心したのは、寂聴さんとの交流。それから、例の一橋総合研究所のサイトを読んで、ひとつだけ見直したのは、石原は「親分肌」だっってこと。気に入った人は大事にする人なんやろね、石原って。人を集める、スタッフをそろえるってのは、やはり才能がないとできないことだから、それはそれで認めていいと思う。
ただ、教育論に関しては、「平凡の極み」。寂聴さんも書いてるとおり、政治家になんてならず、文学者のままでいればよかったのに。
もうひとつ、石原について褒めてもいいかな、と思ったのは、田中長野県知事の「脱・記者クラブ宣言」を支持している(と伝えられている)点。
わたしは、日本がダメな理由は、教育でも政治でも憲法でもなく、マスコミだ、と思ってるので、これは本気で、「石原やるじゃん、見直したわっ!」と書こうかと思った。ところが、具体的にどんな発言で「脱記者クラブ支持」を表明したのかを調べようと、さっき検索してみたら、出てきたのがこれ。
週刊SPA 6月20日号(6月13日売)23号
メディア選別正体見たり。だから石原都知事はカワードなのだ
http://www.ne.jp/asahi/eiji/home/main/yasuo-chan_2001_11.htm
ラジオに関しては東京都内に本社を置く放送局ならばOKなのに、テレビに関しては関東キー局6社並びに“身内”の東京MXテレビに限定。結果、BSもCSもインターネット放送局も地の外。更には驚く勿れ、雑誌は毎号必ず都政情報を掲載すると確約する媒体のみ。加えて通信社には、都政情報を毎日発信する義務を課し、政党・宗教関係の機関紙誌は端から排除。
6月8日付書面を以て、東京都が一方的に通告した、公募に基づく「記者クラブ」の「使用許可方式」は、「傍から眺めて合理的な物にしていこうよ」と5月18日の記者会見で大見得を切っていた石原慎太郎氏の“本性”を、図らずも露呈する結果となりました。これぞ言論封殺、情報操作に他なりません。表現者即ち人間ならば誰もが参加可能な知事会見を既に実施し、同じく誰もが利用可能なプレスセンター改め「表現道場」も8月に開設。市民も予約の上で自由に会見を設定可能な長野県の「『脱・記者クラブ』宣言」とは、180度を三回転したくらい正反対な方向と言えましょう。
「行政財産の無償提供を改め、適正な使用料等を撤収する」との錦の御旗の下、石原都政は「使用許可方式」なる文源に象徴されるが如く、“メディアの選別と監視”を開始しようとしているのです。何を伝えるか、という自由な判断こそは、個々の表現者に保証されるべき権利と義務にも拘らず。
既得権益を今後も保持し得る朝日・産経・東京・日経・毎日・読売の新聞各紙は恐らく唯々諾諾と方針に従い、「取材拠点として一定の専用ブースを供与」して下さい、と「使用許可を受け」るのでしょう。が、それこそは言論機関としての自殺行為です。別けても解せぬのは通告日に当たる8日午後定例記者会見へと臨んだ石原氏が、この件に一言も触れていない点です。“大見得”は切るだけ。だから、彼は臆病者で卑怯者なのよ。
(引用ここまで)
あーん、せっかく、石原をたまには褒めてあげようと思ったのにー!!
どーしてここまでダメなヤツなんだ、石原のおっさんは。
そして、なんで、なんで、フロムちゃんや、ママちゃん、miniwaさんといった、マトモにものを考えてマトモに本を読んでる人たちが、こーんなダメ男を支持するの???
あー、秋の風がこんなにさわやかなのに、謎は深まるばかりなのであった(なんのこっちゃ)
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だから、まず読みなさいって。忙しいぶってないでさ。
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。。。。。^^;
じつはフロムちゃんおすすめの「いま、魂の教育」は、読んだのよ。立ち読みで。ざーっと流し読みしただけなんだけど。
で、感想。なんとまあ、平凡な教育論だことよ。もう、ほんとーに普通のおっさんが普通に書いただけって感じ(やや身内自慢が鼻につくけど)。ものすごーく当たり前のことを当たり前に言ってるだけなので、けなすこともほめることもできない。ページを閉じた3分後には何を書いていたのか忘れてしまうような、なーんにも後に残らない本でした。
(ごめん、これでも一応、悪口にならないように書いてるんです。気を悪くしないでね^^;)
ひとつ感心したのは、寂聴さんとの交流。それから、例の一橋総合研究所のサイトを読んで、ひとつだけ見直したのは、石原は「親分肌」だっってこと。気に入った人は大事にする人なんやろね、石原って。人を集める、スタッフをそろえるってのは、やはり才能がないとできないことだから、それはそれで認めていいと思う。
ただ、教育論に関しては、「平凡の極み」。寂聴さんも書いてるとおり、政治家になんてならず、文学者のままでいればよかったのに。
もうひとつ、石原について褒めてもいいかな、と思ったのは、田中長野県知事の「脱・記者クラブ宣言」を支持している(と伝えられている)点。
わたしは、日本がダメな理由は、教育でも政治でも憲法でもなく、マスコミだ、と思ってるので、これは本気で、「石原やるじゃん、見直したわっ!」と書こうかと思った。ところが、具体的にどんな発言で「脱記者クラブ支持」を表明したのかを調べようと、さっき検索してみたら、出てきたのがこれ。
週刊SPA 6月20日号(6月13日売)23号
メディア選別正体見たり。だから石原都知事はカワードなのだ
http://www.ne.jp/asahi/eiji/home/main/yasuo-chan_2001_11.htm
ラジオに関しては東京都内に本社を置く放送局ならばOKなのに、テレビに関しては関東キー局6社並びに“身内”の東京MXテレビに限定。結果、BSもCSもインターネット放送局も地の外。更には驚く勿れ、雑誌は毎号必ず都政情報を掲載すると確約する媒体のみ。加えて通信社には、都政情報を毎日発信する義務を課し、政党・宗教関係の機関紙誌は端から排除。
6月8日付書面を以て、東京都が一方的に通告した、公募に基づく「記者クラブ」の「使用許可方式」は、「傍から眺めて合理的な物にしていこうよ」と5月18日の記者会見で大見得を切っていた石原慎太郎氏の“本性”を、図らずも露呈する結果となりました。これぞ言論封殺、情報操作に他なりません。表現者即ち人間ならば誰もが参加可能な知事会見を既に実施し、同じく誰もが利用可能なプレスセンター改め「表現道場」も8月に開設。市民も予約の上で自由に会見を設定可能な長野県の「『脱・記者クラブ』宣言」とは、180度を三回転したくらい正反対な方向と言えましょう。
「行政財産の無償提供を改め、適正な使用料等を撤収する」との錦の御旗の下、石原都政は「使用許可方式」なる文源に象徴されるが如く、“メディアの選別と監視”を開始しようとしているのです。何を伝えるか、という自由な判断こそは、個々の表現者に保証されるべき権利と義務にも拘らず。
既得権益を今後も保持し得る朝日・産経・東京・日経・毎日・読売の新聞各紙は恐らく唯々諾諾と方針に従い、「取材拠点として一定の専用ブースを供与」して下さい、と「使用許可を受け」るのでしょう。が、それこそは言論機関としての自殺行為です。別けても解せぬのは通告日に当たる8日午後定例記者会見へと臨んだ石原氏が、この件に一言も触れていない点です。“大見得”は切るだけ。だから、彼は臆病者で卑怯者なのよ。
(引用ここまで)
あーん、せっかく、石原をたまには褒めてあげようと思ったのにー!!
どーしてここまでダメなヤツなんだ、石原のおっさんは。
そして、なんで、なんで、フロムちゃんや、ママちゃん、miniwaさんといった、マトモにものを考えてマトモに本を読んでる人たちが、こーんなダメ男を支持するの???
あー、秋の風がこんなにさわやかなのに、謎は深まるばかりなのであった(なんのこっちゃ)
これは メッセージ 54687 (from_east_coast_25 さん)への返信です.
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