靖国問題は何を示唆しているか?
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/08/30 01:39 投稿番号: [52423 / 118550]
日本の総理大臣の靖国参拝が公的か私的か?という問題がなぜこれほどまで問題になるのか?ということを考えてみると、
結局は、
(1)「国家として、戦争を美化する装置としての靖国を認めて、前回もしくは将来的な可能性としての戦争を正当化するという、極めて計画的で責任回避的な意味合を持つということ。
(2)A級戦犯を合祀するという意味で、その戦争責任の所在を極めて曖昧にしようとする、いわば、国民全体に罪過を等配分することによって、国家的戦略によって、多くの自国民および他国民に対してかけがえのない殺戮を行ったことの、実質的指導者の責任の所在をも合理的に確定することを避け、将来的(今回の自衛隊派兵による殺戮の可能性も含む)な予測的に行なわれうる戦争責任に対してもその責任を曖昧にして、戦争計画立案・命令者の地位的な保全が行なわれようとしているのかもしれないという疑念をどのようにしても振り払うことが出来ない」
という点にあるのではないだろうか?
少なくとも、ここ60年間にわたり、日本は先の戦争責任に対して謙虚に自らの行いを検証してきたという実感は、私にはない。そしてその反省のないままに、自衛隊をイラクに派兵してしまったことの将来的な影響が心配である。
ここの案山子のように、
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=52382>まずいことを言ったのならさっさと削除してしまえばよかったのに、・・
つまり、自分の目に入らなければ、「なかったこと」「存在しないこと」として、事実がすべて無反省のまま放置され、将来的な政策や言動に行かされることがない。
これを繰り返すことによって、彼らは、その場の目先の利益には貪欲であり、破廉恥であることに「負」・「恥」の自覚は持たないし、育たない。彼らは常に無反省であり、無知であり、無造作であり、無節操であり、無思考である。
私達は、こういう破廉恥な人間達の言動に耳を貸すことなく、人間としての尊厳を常に心中に維持して、揺さぶられない確実な人格を構築して、常に自省しながらの日常を生活することに努力邁進することが肝心であると考える今日この頃・・・。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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