zionisatou2さん、超遅横レスです
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/08/22 10:54 投稿番号: [51671 / 118550]
おはよございます
補足情報と言うことで・・・
ヴェトナム、ラオス、カンボジアのいわゆるインドシナ3国の
独立を”いつとするか”にもよると思いますが、ヴェトナムが南北共に
日本の無条件降伏のドサクサに紛れてお互いに独立宣言をしてしまった
ことにも関係するのですが、南ヴェトナムのグエンバンチュー、
ゴ・ディンジェム政権を仏、米が積極的に支持をした最大の理由は
旧ソ連と中国のインドシナでの覇権争いを恐れたことがヴェトナム戦争を
拡大させたと思います。
(これが傀儡政権と呼ばれる理由でもある訳ですが、冷戦真っ最中だった
という背景に加えて、現在では、この二つの政権はその政治指導者の
人間性の方に大きな問題があったと言う評価の方が強いですし、
そんな問題の有る政権を表現は悪いですが
”けだものだけど共産主義者ではない”という理由だけで支援した仏米の
当時の過剰な嫌共産化政策に批判があるのだと思います)
事実、観光スポットと言うかそれにはふさわしくないのですが
ヴェトナム南部には当時の南ヴェトナム政府が北から脱出してきた同胞を
北のスパイだとして拘留拷問した施設が残されてますが、米軍が
この施設の存在を知ったのは、紛争末期になってからという公式記録も
残っており、その惨状が余りにもひどい為に、
廃止の抗議書簡が、発覚後二週間に一度の割合で駐留する米軍から
当時の南ヴェトナム政府に出されておりその書簡も残されています。
それと、現在ではヴェトナム・コミュニスト(ベトコン:南ヴェトナム解放戦線)
の大半が北ヴェトナム労働党員によるゲリラ部隊だったことも
明らかになっていますし、上で書いたように旧ソ連、中国が
介入したのも、人道的な理由ではなかったことも明らかになっています。
(ロシアになってから、結構その関係の書類が発見されてヴェトナム政府に
引き渡されています)
つまり、ヴェトナムの南北対立は旧ソ連と中国の派遣争いという
背景の方が強かったので、アメリカが介入するしないに関係なく
起こるべくして起こっていた紛争だと思いますが、
そうした火種に仏とアメリカが油を注いでしまったのが実情だった
というのが現在の一般的な理解になっていると考えます。
(元々あの地域は中国の影響が強かったのですが)
現在のヴェトナム政権の主席、首相もモスクワ大学卒業系の人間で、
中国に対して余り好感情を持っていないのも事実ですし
(現在のヴェトナムで元ベトコンだったと公然と言える人間は
完全に南部では皆無ですし、北部でも声高に言える経歴ではない証拠に
北ヴェトナム軍従軍経験者の失業率が大変高いという現状もあります)
ボートピープルの発生も、中国共産党系の粛清を恐れて発生した
と言うのが実情ですが、ドイモイ政策を実行する指導部になってからは
帰国する元脱出者が増えたのも事実です。
カンボジアのフンセンさんは元々毛思想を徹底しようとしたポルポト
に抵抗する勢力だったこともありますので、いわゆる中国系には
嫌悪感に近いものがあるようです。
(中越紛争やヴェトナム軍のカンボジア侵攻等を見てもその雰囲気は
ある程度分かると思います)
僕としては民族自決を勝ち取ると言うか成立させる難しさをこの
2つの国と国民には感じています。
取敢えずでした
補足情報と言うことで・・・
ヴェトナム、ラオス、カンボジアのいわゆるインドシナ3国の
独立を”いつとするか”にもよると思いますが、ヴェトナムが南北共に
日本の無条件降伏のドサクサに紛れてお互いに独立宣言をしてしまった
ことにも関係するのですが、南ヴェトナムのグエンバンチュー、
ゴ・ディンジェム政権を仏、米が積極的に支持をした最大の理由は
旧ソ連と中国のインドシナでの覇権争いを恐れたことがヴェトナム戦争を
拡大させたと思います。
(これが傀儡政権と呼ばれる理由でもある訳ですが、冷戦真っ最中だった
という背景に加えて、現在では、この二つの政権はその政治指導者の
人間性の方に大きな問題があったと言う評価の方が強いですし、
そんな問題の有る政権を表現は悪いですが
”けだものだけど共産主義者ではない”という理由だけで支援した仏米の
当時の過剰な嫌共産化政策に批判があるのだと思います)
事実、観光スポットと言うかそれにはふさわしくないのですが
ヴェトナム南部には当時の南ヴェトナム政府が北から脱出してきた同胞を
北のスパイだとして拘留拷問した施設が残されてますが、米軍が
この施設の存在を知ったのは、紛争末期になってからという公式記録も
残っており、その惨状が余りにもひどい為に、
廃止の抗議書簡が、発覚後二週間に一度の割合で駐留する米軍から
当時の南ヴェトナム政府に出されておりその書簡も残されています。
それと、現在ではヴェトナム・コミュニスト(ベトコン:南ヴェトナム解放戦線)
の大半が北ヴェトナム労働党員によるゲリラ部隊だったことも
明らかになっていますし、上で書いたように旧ソ連、中国が
介入したのも、人道的な理由ではなかったことも明らかになっています。
(ロシアになってから、結構その関係の書類が発見されてヴェトナム政府に
引き渡されています)
つまり、ヴェトナムの南北対立は旧ソ連と中国の派遣争いという
背景の方が強かったので、アメリカが介入するしないに関係なく
起こるべくして起こっていた紛争だと思いますが、
そうした火種に仏とアメリカが油を注いでしまったのが実情だった
というのが現在の一般的な理解になっていると考えます。
(元々あの地域は中国の影響が強かったのですが)
現在のヴェトナム政権の主席、首相もモスクワ大学卒業系の人間で、
中国に対して余り好感情を持っていないのも事実ですし
(現在のヴェトナムで元ベトコンだったと公然と言える人間は
完全に南部では皆無ですし、北部でも声高に言える経歴ではない証拠に
北ヴェトナム軍従軍経験者の失業率が大変高いという現状もあります)
ボートピープルの発生も、中国共産党系の粛清を恐れて発生した
と言うのが実情ですが、ドイモイ政策を実行する指導部になってからは
帰国する元脱出者が増えたのも事実です。
カンボジアのフンセンさんは元々毛思想を徹底しようとしたポルポト
に抵抗する勢力だったこともありますので、いわゆる中国系には
嫌悪感に近いものがあるようです。
(中越紛争やヴェトナム軍のカンボジア侵攻等を見てもその雰囲気は
ある程度分かると思います)
僕としては民族自決を勝ち取ると言うか成立させる難しさをこの
2つの国と国民には感じています。
取敢えずでした
これは メッセージ 51668 (zionisatou2 さん)への返信です.
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