対イラク武力行使

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新情報アルカイダコネクション (1)

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2004/07/25 00:49 投稿番号: [47463 / 118550]
さて、久しぶりですが、再びアルカイダコネクションについて、911調査委員会の報告から少しお話しよう。

調査委員会のメモが発表された時、ニューヨ−クタイムスは、委員会がイラクとアルカイダの関係は無かったと報道した。ところが、メモをちゃんと読んでみると、そんなことは書いてない。実際の文章は"collaborative relationship"(共謀の関係)はないというものだった。つまり、双方が協力してテロを行った証拠はないという意味で、双方に全く関係がなかったなどとは書いてなかったのである。

それで副大頭領のチェイニ−氏から怒りの抗議があったり、委員会のハミルトン副議長がイラクとアルカイダの関係について委員会は副大頭領の意見に反対ではないと表明するなど、委員会のメモについて虚偽の報道がされたことに抗議した。

さて、正式な報告書が最近発表されて、イラクとアルカイダの深い関係がもっと詳しく解ってきた。正式な報告書には、アルカイダとフセインには"no collaborative operational relationship" (共謀工作の関係はない)とするもので、一緒に工作して行動した証拠はないという、きわめて狭い範囲をしめすものとなった。

報告書によれば、ビンラデンとアフガニスタンのタリバンとの関係はかなり緊張したものだったとある。そこで、将来のホストとしてビンラデンはイラクを選んだ。1997年頃、オサマは何度もイラクに協力を求める使者を送ったが、サウジとの関係を修復しようとしていたフセインからは大した答えをもらえなかったようだ。しかし、1998年になると、アメリカからの圧力を感じはじめたフセインは考えを変えた。今度はオサマからの使者をまたず、イラクの使者がアフがニスタンのオサマを訪れている。イラク側とオサマ側の会談は1998年に2回おこなわれ、1999年にも同様な会談がおこなわれ、タリバンとの関係が冷たくなっていたオサマにたいして、イラクを避難所として使用することをイラクは提案した。
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