真実和解委員会:クメールさん
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2004/06/16 18:20 投稿番号: [43804 / 118550]
レスありがとうございます。
てっきり嫌われているものだとばかり思っていたものでしたから、あなたからレスが来たことに驚いています(^^;
僕の立場と相反する人であっても、単純に投稿内容だけ見て、苦言を呈されるときは呈していただいているモリヤさんのような方もこのトピにはいらっしゃるため、それにずいぶん助けられています。
で、これからするお話は、ずいぶん前に僕が、僕の一番の本音の部分としてお話ししたことで、食いついてくれたのはモリヤさんだけだったという内容です(笑)
クメールさんの、「善と悪を単純に分けるな!」との主張とも関係しているのではないかと思われますのでお話しします(^^
もうすでに、遅きに失した感があるのですが、僕が個人的に、イラクでどうしてもやってほしいと思っていることがあります。
それは、「真実和解委員会」の試みです。
もともと、元南ア大統領のネルソン・マンデラ氏が提唱していたもので、「人を裁かずして正義を実現する」というマンデラ氏の理念を具体化したものです。
虐殺や人権抑圧などにおける加害者と被害者の和解と共存を達成するための工夫として、紛争地の平和構築を実現するに当たって注目されており、シエラレオネや東ティモールでそれなりの成果をあげたと思っています。
東ティモールの「真実和解委員会」の本部は、昔、多くの政治犯を収容していた刑務所の建物だったのですが、そこを改装し、そこで集会が何度も何度も開かれ、加害者が自分の行いを告白し、それを被害者が受け入れるという、非常にねばり強い対話が行われていました。東ティモール住民とインドネシアの子どもが仲良くおしゃべりするような光景を見かけることもありましたが、「真実和解委員会」は、加害者と被害者が共存できる環境を整える一つの大きな契機を生んでいたと思っています。
「裁き」つまり「悪であることのレッテル」が前提にあると、加害者側は自分の行いの真実についての告白をどうしてもためらってしまいます。ですから、真実和解委員会では、あえて「人を裁かない」とし、加害者と被害者の和解を達成するための対話の実現を優先させています。
イラクでも、復興の初期段階で、旧政権の要職にあったスンニ派の人たちの扱いが、非常に重要な問題だったはずなんです。反体制派にとっては、加害者である人たちの扱いの問題です。しかし、旧政権の要職にあった人たちに対する米国の処遇は、あまりにも乱暴で、雑でした。
僕は、旧政権下にあった人達と、旧政権下で苦しめられていた人たちとの和解の達成こそが優先的な課題であり、イラクでも、「真実和解委員会」のようなものを設置する必要があったと、今でも考えています。
インフラ復興も大事でしょうし、ハコモノ復興を進めることも必要です。が、イラクで決定的に遅れていることは、心の復興、精神の復興であると思うのです。
今、ここに至っても、米国は自身の占領統治の失敗により与えてしまったイラク人の被害についての真実を告白するとともに、現在武装闘争を行っている者も、対立する各派も、和解と共存を目指したねばり強い対話が行えるような場所がどうしても必要ではないかと考えています。
現在、イラクの統治で一番の影響力を持つ米国に、上の発想がないことが、実はけっこう悔しかったりしています。
長文で失礼しました。
てっきり嫌われているものだとばかり思っていたものでしたから、あなたからレスが来たことに驚いています(^^;
僕の立場と相反する人であっても、単純に投稿内容だけ見て、苦言を呈されるときは呈していただいているモリヤさんのような方もこのトピにはいらっしゃるため、それにずいぶん助けられています。
で、これからするお話は、ずいぶん前に僕が、僕の一番の本音の部分としてお話ししたことで、食いついてくれたのはモリヤさんだけだったという内容です(笑)
クメールさんの、「善と悪を単純に分けるな!」との主張とも関係しているのではないかと思われますのでお話しします(^^
もうすでに、遅きに失した感があるのですが、僕が個人的に、イラクでどうしてもやってほしいと思っていることがあります。
それは、「真実和解委員会」の試みです。
もともと、元南ア大統領のネルソン・マンデラ氏が提唱していたもので、「人を裁かずして正義を実現する」というマンデラ氏の理念を具体化したものです。
虐殺や人権抑圧などにおける加害者と被害者の和解と共存を達成するための工夫として、紛争地の平和構築を実現するに当たって注目されており、シエラレオネや東ティモールでそれなりの成果をあげたと思っています。
東ティモールの「真実和解委員会」の本部は、昔、多くの政治犯を収容していた刑務所の建物だったのですが、そこを改装し、そこで集会が何度も何度も開かれ、加害者が自分の行いを告白し、それを被害者が受け入れるという、非常にねばり強い対話が行われていました。東ティモール住民とインドネシアの子どもが仲良くおしゃべりするような光景を見かけることもありましたが、「真実和解委員会」は、加害者と被害者が共存できる環境を整える一つの大きな契機を生んでいたと思っています。
「裁き」つまり「悪であることのレッテル」が前提にあると、加害者側は自分の行いの真実についての告白をどうしてもためらってしまいます。ですから、真実和解委員会では、あえて「人を裁かない」とし、加害者と被害者の和解を達成するための対話の実現を優先させています。
イラクでも、復興の初期段階で、旧政権の要職にあったスンニ派の人たちの扱いが、非常に重要な問題だったはずなんです。反体制派にとっては、加害者である人たちの扱いの問題です。しかし、旧政権の要職にあった人たちに対する米国の処遇は、あまりにも乱暴で、雑でした。
僕は、旧政権下にあった人達と、旧政権下で苦しめられていた人たちとの和解の達成こそが優先的な課題であり、イラクでも、「真実和解委員会」のようなものを設置する必要があったと、今でも考えています。
インフラ復興も大事でしょうし、ハコモノ復興を進めることも必要です。が、イラクで決定的に遅れていることは、心の復興、精神の復興であると思うのです。
今、ここに至っても、米国は自身の占領統治の失敗により与えてしまったイラク人の被害についての真実を告白するとともに、現在武装闘争を行っている者も、対立する各派も、和解と共存を目指したねばり強い対話が行えるような場所がどうしても必要ではないかと考えています。
現在、イラクの統治で一番の影響力を持つ米国に、上の発想がないことが、実はけっこう悔しかったりしています。
長文で失礼しました。
これは メッセージ 43686 (kumeruoukoku さん)への返信です.
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