>肩の力を抜いて・・moriyaさん
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/06/12 12:09 投稿番号: [43008 / 118550]
moriyaさん
おはようございます
実は、現場からしてみると「切迫した意識で来られるボランティアさん」が
一番困るんです(苦笑)
ただ、僕は「目的を見つける為のボランティ」というのは悪いことではないと
思っているんですね。
初めから肩に力を入れて来るよりは、先ずは「どんなんだろ?」とか
「出来ることあんのかな?」って思って来られる方のほうが本当は
長続きするんですよ。
どうして、切迫した意識の人が問題かと言うと、
途上国の一般的な人達は統治される立場という長い習慣のおかげで
「詰問調子の対応」に物凄い拒絶反応を示すんですね。
この詰問調という中には(驚くかもしれませんが)
「あぁ〜なんて(可哀想なの)」とか「コッチの方がいいでしょ」といった
表現も彼らには詰問調と受取られてしまうんです。
そして、それこそ「感覚」としてそういう「上からの圧力(実際、彼らはそう表現します)」
を本能的に「嗅ぎ取ってしまう」ので、例えそれを「口」に出さなくても相手の態度や
雰囲気を敏感に読み取るんです。
もう少し簡単に言うと、彼らは長年「上から見下ろされた接し方」を
『外部の人間(役人もそうなんです)』から受けて来たので、
上位の者や強者、よそ者に対する気配り(礼儀や作法として)は自身を保護する感覚から
集団の中で自然と発達してしまう訳です。
で、一端この感覚が相手に対して出来上がってしまうと、その後は
全く受入れてもらえなくなるんです。
当然、外国人は、格好そのものが裕福ですから(笑)、それだけで第一級警戒態勢
モードが自動的に作動するんです。
この「裕福な格好」の判断基準も理解するのに相当苦労しますね。
外国人からすると非常に微妙なニュアンスなんです・・強いて言うと
「らしい格好」と言った方がいいかなあ??
彼らに信用されるに足る、らしい格好。。っというのが実際あるんです(苦笑)
それと「率先垂範」も基本的には駄目なんです(笑)
良く言葉が通じなくても「やっている姿をみせれば理解される」と外国人は考えがち
なんですが、彼らからするとこのやり方は
「自分達を馬鹿にして信用していない=見下している態度」と同じなんです。
そうなると、彼らは色々な言い訳をして、外国人がやっている作業が完了する迄
「絶対に」に参加してきません(周囲で黙って見ているか、無視をします)
そういう状況になると、外国人からは「問題意識が無い」とか「危機意識が無い」
という判断になるんです(苦笑)
後ですね、彼らの前で「泣く行為」も絶対に駄目なんですよ。
この泣くという行為は理由が何であれ彼らは「弱さの証明」としか受取りません。
なぜなら、普段の彼らの生活はそれこそ「泣くに泣けない状態」な訳です。
でも、その中で泣いていたら自分の生存そのものが危うくなりますし、
家族(社会)に責任を取るという必要上、家族はその「長」にすがっていますから
なおのこと弱みを見せる訳には行かないんですね(大変ですけどね)
これは一族の中でも同じなんです、兄弟から(両親から)「お金を借りる」時も
泣き言を言っては、身内が貸してくれません。
そうすると、外国からわざわざ自分達を助けに来てくれた(こう思われること自体が
初期導入で失敗だと思いますが)外国人(自分よりも上位の者)が『泣く』
等という行為を、それこそ自分達に見せることは
彼らにしてみると「屈辱」以外の何物でもなくなるんです。
この逆もあります、例えば電気会社の怠慢と設備の脆弱さでしょっちゅう停電する訳ですが
その頻繁に停電することに「なんだよぉ、またかよぉ!」と
言うことは、言った人間の周りの人間を叱り飛ばしていることと同じなんです。
そういう言葉を無意識に言った瞬間に周囲に居る人間は全員ビクとなって警戒モード
になります。
あと「ため息」も駄目です。
それから(笑)寝る時でさえも、腕を顔の上に乗せてスタイルも(昼寝でも)
彼らからすると、その行為をしている人間にではなく「そうされている自分達に
対する嫌悪感の表現」と受取ります。
アルカイック・スマイルがどうしてASEAN(アジア)の人達に一般化しているか
僕は、こうした歴史の中で唯一、持たざる者を救う方法であり
上位の人間は、下位の人間に安心感を信頼感を「与える」為の手段として
発達して来たのではないか、と考えています。
この「微笑み」に関する表現だけで数十の表現あって、それを全て使いこなせて
感情を簡単に露にしない人間こそが「大人」として評価されるのも事実なんです。
取敢えず。
PS
ユ
おはようございます
実は、現場からしてみると「切迫した意識で来られるボランティアさん」が
一番困るんです(苦笑)
ただ、僕は「目的を見つける為のボランティ」というのは悪いことではないと
思っているんですね。
初めから肩に力を入れて来るよりは、先ずは「どんなんだろ?」とか
「出来ることあんのかな?」って思って来られる方のほうが本当は
長続きするんですよ。
どうして、切迫した意識の人が問題かと言うと、
途上国の一般的な人達は統治される立場という長い習慣のおかげで
「詰問調子の対応」に物凄い拒絶反応を示すんですね。
この詰問調という中には(驚くかもしれませんが)
「あぁ〜なんて(可哀想なの)」とか「コッチの方がいいでしょ」といった
表現も彼らには詰問調と受取られてしまうんです。
そして、それこそ「感覚」としてそういう「上からの圧力(実際、彼らはそう表現します)」
を本能的に「嗅ぎ取ってしまう」ので、例えそれを「口」に出さなくても相手の態度や
雰囲気を敏感に読み取るんです。
もう少し簡単に言うと、彼らは長年「上から見下ろされた接し方」を
『外部の人間(役人もそうなんです)』から受けて来たので、
上位の者や強者、よそ者に対する気配り(礼儀や作法として)は自身を保護する感覚から
集団の中で自然と発達してしまう訳です。
で、一端この感覚が相手に対して出来上がってしまうと、その後は
全く受入れてもらえなくなるんです。
当然、外国人は、格好そのものが裕福ですから(笑)、それだけで第一級警戒態勢
モードが自動的に作動するんです。
この「裕福な格好」の判断基準も理解するのに相当苦労しますね。
外国人からすると非常に微妙なニュアンスなんです・・強いて言うと
「らしい格好」と言った方がいいかなあ??
彼らに信用されるに足る、らしい格好。。っというのが実際あるんです(苦笑)
それと「率先垂範」も基本的には駄目なんです(笑)
良く言葉が通じなくても「やっている姿をみせれば理解される」と外国人は考えがち
なんですが、彼らからするとこのやり方は
「自分達を馬鹿にして信用していない=見下している態度」と同じなんです。
そうなると、彼らは色々な言い訳をして、外国人がやっている作業が完了する迄
「絶対に」に参加してきません(周囲で黙って見ているか、無視をします)
そういう状況になると、外国人からは「問題意識が無い」とか「危機意識が無い」
という判断になるんです(苦笑)
後ですね、彼らの前で「泣く行為」も絶対に駄目なんですよ。
この泣くという行為は理由が何であれ彼らは「弱さの証明」としか受取りません。
なぜなら、普段の彼らの生活はそれこそ「泣くに泣けない状態」な訳です。
でも、その中で泣いていたら自分の生存そのものが危うくなりますし、
家族(社会)に責任を取るという必要上、家族はその「長」にすがっていますから
なおのこと弱みを見せる訳には行かないんですね(大変ですけどね)
これは一族の中でも同じなんです、兄弟から(両親から)「お金を借りる」時も
泣き言を言っては、身内が貸してくれません。
そうすると、外国からわざわざ自分達を助けに来てくれた(こう思われること自体が
初期導入で失敗だと思いますが)外国人(自分よりも上位の者)が『泣く』
等という行為を、それこそ自分達に見せることは
彼らにしてみると「屈辱」以外の何物でもなくなるんです。
この逆もあります、例えば電気会社の怠慢と設備の脆弱さでしょっちゅう停電する訳ですが
その頻繁に停電することに「なんだよぉ、またかよぉ!」と
言うことは、言った人間の周りの人間を叱り飛ばしていることと同じなんです。
そういう言葉を無意識に言った瞬間に周囲に居る人間は全員ビクとなって警戒モード
になります。
あと「ため息」も駄目です。
それから(笑)寝る時でさえも、腕を顔の上に乗せてスタイルも(昼寝でも)
彼らからすると、その行為をしている人間にではなく「そうされている自分達に
対する嫌悪感の表現」と受取ります。
アルカイック・スマイルがどうしてASEAN(アジア)の人達に一般化しているか
僕は、こうした歴史の中で唯一、持たざる者を救う方法であり
上位の人間は、下位の人間に安心感を信頼感を「与える」為の手段として
発達して来たのではないか、と考えています。
この「微笑み」に関する表現だけで数十の表現あって、それを全て使いこなせて
感情を簡単に露にしない人間こそが「大人」として評価されるのも事実なんです。
取敢えず。
PS
ユ
これは メッセージ 42954 (moriya99 さん)への返信です.
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