唾棄すべき奴等。
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/05/30 10:20 投稿番号: [41577 / 118550]
民主主義というものの私の理解は、「権力者から本来の権利者である一般人への力の移譲」だと考えている。
つまり力の強いものが、強権の元に、発動することの中には、いわゆる弱者に対する配慮は考慮されない場合が多い。
現代のように多様化した社会においては、民衆の利害が全体から、「個」に拡散されるという意味で、その力は分散され、「弱者」として捉えられるという結果に終わりかねない。
民主主義とは、従来の合理的な統計や、確率によって、一般化され相対化されて、「多数」の中に埋もれてしまって孤立している「個」を、もう一度掘り返して、世の中で、不当に差別され、無視されているもろもろの事柄をもう一度考慮の俎上に載せて、吟味し、正当性のあるものに対しては、その正当な権利を与えるということのできる、弱者からの視点で見ることを「是」とした、今のところ考えられる中では、最上であるかどうかは分らないが、より良いと考えられている方法論だと考えている。
そして、その利害の違う「個」と言う弱者を支えるのは、その弱者に対する「共感」であり、その「弱者」が正当性があるかどうか?という提示されたものに対する客観的な評価であると思う。・・・当然ここには、「情」も含まれる。
その「個」に共感するかどうか?という、最終的な評価は、そこにどれだけの「理念」が存在し、賛同できる力を含んでいるか?否定されえない正当性を含んでいるか?と言うことであり、これらが、一律に国家権力者(単純な強者でも良い)によって合理化され、無視されてしまうことを否定・阻止するものである。
つまり、「弱者の視点」というものの強者からの奪還であるはずの方法論を、弱者の意見として、取るに足らないものとして、始めから無視しようとするような、そういうシステムを私達は、民主主義とは呼ばないのだ。
アメリカブッシュ政権や、日本小泉政権が今、イラクの地で行っていることは、弱者である現地人を不当に差別し、そういう強者の論理での強要であると感じる。
また、それに基づいて、補足的なイラク人を(その宗教的側面や、民族的な側面から)貶めるようなプロパガンダをしているここに書き込んでいる阿保どもは、その事をわかっていながら目先の自己の利益に目が行っているだけのただの利己主義者であり、唾棄すべき人倫にも劣る存在であると感じてしまう。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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