現実の世界・・asean
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/05/13 12:02 投稿番号: [39711 / 118550]
キリスト教的優越感・・???
僕が今でもUNDPで活動しているなら又はUS-FreedomCorpsの隊員だと言うなら
そう感じられてもおかしくはないだろう。
更に
人間は進化過程の最高位であり、言葉を持ち自由に考えること、
それを支える普遍的な思考や知識の獲得が出来・・云々
を純粋に信じている人間だとするならそう思われても仕方がないだろう。
しかし、今僕が居る現実の世界では
村民全てが多くの知恵と工夫で生きている。
(こうした状況はここだけの話じゃない。他のASEAN諸国や中東でも同じ)
正直言って当初は感心した、今でもすごいなあと感心し尊敬している。
(他のスタッフも全て同じだ)
しかし、
知恵と工夫をフル稼働させるのはどうしてか?
新しい何か(知識でも物理的なモノや機械でも)を手に入れるだけの
資金が無い状況が長く(それこそ長く)続いているから
知恵と工夫を総動員しなくは生きていけない現実がそこにあるからだ。
進歩的なキリスト教徒からすると(苦笑)
彼らの行動の中に精神との乖離が起こってしまってその矛盾に悩むのではないか?
と見えることが何の矛盾も無くそれこそ同化している。
タイ人もこの国のムスリムもいわば敬虔な宗教信仰者であることは間違いが無い
しかし彼らの中には厳然と
「社会に貢献する?(僕が知る限りのASEANと中東の言語には
この表現に対応する言葉がある)そんなことは大金持(大金持ち=社会的信用と地位)ちが、
大金持ちになってからすることだ」
という信念(?確信)みたいなものが存在するし明言もする。
(いかなる階層の人間であってもだ)
ある高級行政官の自宅に招かれてその人間が
「人権の擁護!それこそがこの国の将来にとって重要な〜」と言ってる傍らを
客とその家の主人の周りを膝だけで飲み物のお盆を掲げながら這い歩く召使
彼らにはこうした状況は何もおかしなことでも人権を抑圧している訳でもなんでもない。
これがその国では当り前のことであり、当然のことなのだ。
それにその高級官僚も召使も敬虔なその国の宗教信徒であることも間違いがない。
実際、そんなことに文句や意義を唱えても始まらないし理解もされない
逆に彼らには「?」と怪訝な顔をされて
「この召使は、祖父の代から同じ村同じ家族から来てもらっているんですよ?」
と言われるのが関の山だ。
「都市部」で働く
普通の人達の多くは、収入を増やし、家族と持ち家を持ち、
自家用車(最高なのは欧州車)と最新の家電製品と使用人と(男の場合)愛人を
持つことが夢で
事実そうなろうと懸命に努力する。
彼らも敬虔な宗教信仰者であることに間違いはない。
これらは全て彼らの文化であることは事実以外の何物でもない。
貧乏人は生まれた時から貧乏人、金持ちは生まれた時から金持ち
ただ、それだけのことで信仰の有無や強弱等とは何の関係も無い。
(逆に信仰が足りないせいだになることさえある)
上座部仏教に至ってはもっと過激な解釈をする場合がある
「現世の貴方の身分は前世の行いのせいだから現世では変えられない!
だから、来世でそれを変えたいのなら現世で徳を積みなさい!
そうすれば、来世は多分、おそらく、違う身分に生まれ変われるだろう・・」
と言う、
これもやはり否定しても何も始まらない
それが彼らの宗教観であり、現実そのものなのだから。
断っておくがこれは見下している訳でも何でもない
ただ、現実で事実だと言ってるだけ。
それ以上に膨大な時間の流れが生み出した文化以外の何物でもないというだけ。
僕らが支援出来ることはそうした彼らの文化を僕ら自身が丸呑みして
彼らが今後この国の中のシステムの中で自身の経済環境を上げて行く活動の支援を
横からソっと手を差し出して手伝うことしか出来ない。
多分、それが終わるには気の遠くなる時間が必要だろう・・いや、多分終わるなんてことはない。
実際、僕もそうだか外国人スタッフ全員が
「まぁ、ここで死ぬのも、悪くはないな」
と思っている。
僕が今でもUNDPで活動しているなら又はUS-FreedomCorpsの隊員だと言うなら
そう感じられてもおかしくはないだろう。
更に
人間は進化過程の最高位であり、言葉を持ち自由に考えること、
それを支える普遍的な思考や知識の獲得が出来・・云々
を純粋に信じている人間だとするならそう思われても仕方がないだろう。
しかし、今僕が居る現実の世界では
村民全てが多くの知恵と工夫で生きている。
(こうした状況はここだけの話じゃない。他のASEAN諸国や中東でも同じ)
正直言って当初は感心した、今でもすごいなあと感心し尊敬している。
(他のスタッフも全て同じだ)
しかし、
知恵と工夫をフル稼働させるのはどうしてか?
新しい何か(知識でも物理的なモノや機械でも)を手に入れるだけの
資金が無い状況が長く(それこそ長く)続いているから
知恵と工夫を総動員しなくは生きていけない現実がそこにあるからだ。
進歩的なキリスト教徒からすると(苦笑)
彼らの行動の中に精神との乖離が起こってしまってその矛盾に悩むのではないか?
と見えることが何の矛盾も無くそれこそ同化している。
タイ人もこの国のムスリムもいわば敬虔な宗教信仰者であることは間違いが無い
しかし彼らの中には厳然と
「社会に貢献する?(僕が知る限りのASEANと中東の言語には
この表現に対応する言葉がある)そんなことは大金持(大金持ち=社会的信用と地位)ちが、
大金持ちになってからすることだ」
という信念(?確信)みたいなものが存在するし明言もする。
(いかなる階層の人間であってもだ)
ある高級行政官の自宅に招かれてその人間が
「人権の擁護!それこそがこの国の将来にとって重要な〜」と言ってる傍らを
客とその家の主人の周りを膝だけで飲み物のお盆を掲げながら這い歩く召使
彼らにはこうした状況は何もおかしなことでも人権を抑圧している訳でもなんでもない。
これがその国では当り前のことであり、当然のことなのだ。
それにその高級官僚も召使も敬虔なその国の宗教信徒であることも間違いがない。
実際、そんなことに文句や意義を唱えても始まらないし理解もされない
逆に彼らには「?」と怪訝な顔をされて
「この召使は、祖父の代から同じ村同じ家族から来てもらっているんですよ?」
と言われるのが関の山だ。
「都市部」で働く
普通の人達の多くは、収入を増やし、家族と持ち家を持ち、
自家用車(最高なのは欧州車)と最新の家電製品と使用人と(男の場合)愛人を
持つことが夢で
事実そうなろうと懸命に努力する。
彼らも敬虔な宗教信仰者であることに間違いはない。
これらは全て彼らの文化であることは事実以外の何物でもない。
貧乏人は生まれた時から貧乏人、金持ちは生まれた時から金持ち
ただ、それだけのことで信仰の有無や強弱等とは何の関係も無い。
(逆に信仰が足りないせいだになることさえある)
上座部仏教に至ってはもっと過激な解釈をする場合がある
「現世の貴方の身分は前世の行いのせいだから現世では変えられない!
だから、来世でそれを変えたいのなら現世で徳を積みなさい!
そうすれば、来世は多分、おそらく、違う身分に生まれ変われるだろう・・」
と言う、
これもやはり否定しても何も始まらない
それが彼らの宗教観であり、現実そのものなのだから。
断っておくがこれは見下している訳でも何でもない
ただ、現実で事実だと言ってるだけ。
それ以上に膨大な時間の流れが生み出した文化以外の何物でもないというだけ。
僕らが支援出来ることはそうした彼らの文化を僕ら自身が丸呑みして
彼らが今後この国の中のシステムの中で自身の経済環境を上げて行く活動の支援を
横からソっと手を差し出して手伝うことしか出来ない。
多分、それが終わるには気の遠くなる時間が必要だろう・・いや、多分終わるなんてことはない。
実際、僕もそうだか外国人スタッフ全員が
「まぁ、ここで死ぬのも、悪くはないな」
と思っている。
これは メッセージ 39701 (asean_peace11 さん)への返信です.
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