特権階級の特性
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/05/13 04:16 投稿番号: [39660 / 118550]
>>〜西洋文明の歴史的な文脈〜
>新時代のその国の文化(当然その国の歴史を踏まえての話ですが)
>を作ろうとする活動に参加させて貰っているという認識ということでしょうか。
貴方の一連の書き込みで感じるのは、常に、キリスト教的な、ある一面的な「横暴さ」とでも言うか、常に自己が正しいとするところから始まる「押し付け」に近いものであるようにも感じてしまいますが、実際的には、宗教的な関係云々というよりも、その社会形態そのものが、キリスト教的な文脈から発想されているという意味で、異文化、他文化に対する偏った優越意識を感じてしまいます。・・・・・批判しているわけではなくて、今はこういう時代であるという無力感からの発言です。
>人間「優先」主義の方がいいかな?・・
「深い道徳的な動機をもって、より安全な世界をつくる営みに参加すること」
※ 私がこれをお聞きしたのは、道徳的というものが、普遍性を持つのかどうか?と言うことと、「安全な世界」と言うものは、誰にとって「安全」であるのか?と言う疑問を持ったからです。
普遍性を持たないのであれば、誰かにとっては都合が良くて、誰かにとっては不都合という「差」が生じるのではないだろうか?と考えるのです。
※ この「差」こそが、何らかの世界的な問題が生じる一要因になっていないだろうか?と感じているのですが、・・・どうお感じになられますか?
>この組織体が政治、宗教、思想的な部分と距離を置くことを前提にしていた
>からなんです。
貴方がそのことに重点を置かれてお書きになっていることはよく分りますが、しかし、感じる私の方としては、その根底には、いつも、キリスト教的な倫理観が臭ってくる気がしているので、それが、私の単なる勘違いか、貴方にそういう自覚があるのか無いのか、もしあるとして、それは、良いのか悪いのか、つまり、貴方の組織そのものが、始めから「距離を置く」と言うことにしていることは何の為なのか?と言うことも含めて、対話を通して、少し考えてみたいと思って居ます。・・・御迷惑だったら申し訳ありません。
※ この場合のキリスト教的というのは、現在の資本主義的な考え方そのものが、キリスト教から発生しているということのほどのものですから、直接的な宗派とか、原理主義的な何かを意識しているモノではありません。
>Humanity,Sincerity,Honesty
そうですか・・・。
>この部分は、ASEANの多くは富の偏りが未だに多く見うけられます。
>それも
>政治家や高級行政官の親族経営企業等等やそうした財力と社会的地位を背景にした
>特権階級とも呼べる存在です。
例えば、こういう特権階級からの資金で運営されるものが、最終的に、特権階級が損害を被るようなことをするはずが無いということは考えますか?・・歴史的に考えると、「ガス抜き」程度の表面的な批判と引き換えに、常に安全地帯に存在するのが、特権階級の特性であるというようなことは、事実ですよねえ?
※ それでも、支援しないというよりもしたほうが良いという事情を否定するものではありません。
>世界で唯一の超大国で『あるならば・・』という括弧付でです。
ですから、『』つきの言葉は本来不要で、常に誰に対しても、公正は求められるはずですよねえ?ここで感じられるのは、アフガンや、イラクのようなイスラム国に対する差別的な感覚です。
※ このイラク侵略問題にとって、問題なのは、『』つきの強者の論理を肯定するような、「ノーブレス・オブレッジ」に代表される、強者に一方的に強要される様な「義務感」のような誤魔化しではなくて、純粋に、公正に見た場合に要求されるという意味での「大義」ですよ。
※ 世界の誰もが考えても、贔屓目に見ても、全くの正当性が見つけられないような今回の侵略戦争に、「超大国の正義」とか「ノーブレス・オブレッジ」もなにもないでしょう。・・・こんな言葉は、現状の真実を矮小化するために使われるための詭弁ですよ。・・・と考えていますが、貴方はいかがお感じでしょうか?
>新時代のその国の文化(当然その国の歴史を踏まえての話ですが)
>を作ろうとする活動に参加させて貰っているという認識ということでしょうか。
貴方の一連の書き込みで感じるのは、常に、キリスト教的な、ある一面的な「横暴さ」とでも言うか、常に自己が正しいとするところから始まる「押し付け」に近いものであるようにも感じてしまいますが、実際的には、宗教的な関係云々というよりも、その社会形態そのものが、キリスト教的な文脈から発想されているという意味で、異文化、他文化に対する偏った優越意識を感じてしまいます。・・・・・批判しているわけではなくて、今はこういう時代であるという無力感からの発言です。
>人間「優先」主義の方がいいかな?・・
「深い道徳的な動機をもって、より安全な世界をつくる営みに参加すること」
※ 私がこれをお聞きしたのは、道徳的というものが、普遍性を持つのかどうか?と言うことと、「安全な世界」と言うものは、誰にとって「安全」であるのか?と言う疑問を持ったからです。
普遍性を持たないのであれば、誰かにとっては都合が良くて、誰かにとっては不都合という「差」が生じるのではないだろうか?と考えるのです。
※ この「差」こそが、何らかの世界的な問題が生じる一要因になっていないだろうか?と感じているのですが、・・・どうお感じになられますか?
>この組織体が政治、宗教、思想的な部分と距離を置くことを前提にしていた
>からなんです。
貴方がそのことに重点を置かれてお書きになっていることはよく分りますが、しかし、感じる私の方としては、その根底には、いつも、キリスト教的な倫理観が臭ってくる気がしているので、それが、私の単なる勘違いか、貴方にそういう自覚があるのか無いのか、もしあるとして、それは、良いのか悪いのか、つまり、貴方の組織そのものが、始めから「距離を置く」と言うことにしていることは何の為なのか?と言うことも含めて、対話を通して、少し考えてみたいと思って居ます。・・・御迷惑だったら申し訳ありません。
※ この場合のキリスト教的というのは、現在の資本主義的な考え方そのものが、キリスト教から発生しているということのほどのものですから、直接的な宗派とか、原理主義的な何かを意識しているモノではありません。
>Humanity,Sincerity,Honesty
そうですか・・・。
>この部分は、ASEANの多くは富の偏りが未だに多く見うけられます。
>それも
>政治家や高級行政官の親族経営企業等等やそうした財力と社会的地位を背景にした
>特権階級とも呼べる存在です。
例えば、こういう特権階級からの資金で運営されるものが、最終的に、特権階級が損害を被るようなことをするはずが無いということは考えますか?・・歴史的に考えると、「ガス抜き」程度の表面的な批判と引き換えに、常に安全地帯に存在するのが、特権階級の特性であるというようなことは、事実ですよねえ?
※ それでも、支援しないというよりもしたほうが良いという事情を否定するものではありません。
>世界で唯一の超大国で『あるならば・・』という括弧付でです。
ですから、『』つきの言葉は本来不要で、常に誰に対しても、公正は求められるはずですよねえ?ここで感じられるのは、アフガンや、イラクのようなイスラム国に対する差別的な感覚です。
※ このイラク侵略問題にとって、問題なのは、『』つきの強者の論理を肯定するような、「ノーブレス・オブレッジ」に代表される、強者に一方的に強要される様な「義務感」のような誤魔化しではなくて、純粋に、公正に見た場合に要求されるという意味での「大義」ですよ。
※ 世界の誰もが考えても、贔屓目に見ても、全くの正当性が見つけられないような今回の侵略戦争に、「超大国の正義」とか「ノーブレス・オブレッジ」もなにもないでしょう。・・・こんな言葉は、現状の真実を矮小化するために使われるための詭弁ですよ。・・・と考えていますが、貴方はいかがお感じでしょうか?
これは メッセージ 39659 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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