結果責任
投稿者: ryujuttehito 投稿日時: 2004/05/01 12:53 投稿番号: [38371 / 118550]
もしかしたらこれが日本人にしかない概念なんじゃないのか?
しかも、建前ではこの存在を否定するのに心の中では日本人のほとんどがこの正当性を認めてる。こんな二重構造、外国人に理解しろだとか言うのが無理な話で。
仮に米軍撤退して、記者会見で、ブッシュ大統領に「結果としてイラクでこんな状況になったことに対して責任を取るつもりはないですか?」って聞いてみるとどうだろう。
「あの時点の選択としては最良の選択だったと思っている」って答えが返ってくるんじゃないかな。
つまり、自分には全く非がないのに結果だけを見て非難するのは筋違いだ。ってことだね。
交通事故について考える。
信号無視して飛び込んできた人がはねられて重傷を負ったとする。
運転手は法律上は全く被害者に対して損害賠償などを支払う義務は生じないだろう。だから、運転手が被害者に対する責任はない。
さて、日本では後日になって被害者の病院に花束を持ってお見舞いに行くのが習慣になっている。しかし、運転手には責任はないのだからこのお見舞いに行くことは不要であろう。
でも運転手がお見舞いに行かなかったとしたら、おかしいな?っておもうのが日本人の常識みたいなものだろう。
どういう状況下でも相手を傷つけてしまった以上、相手に対して誠意を持って謝罪すべきだと言うのが日本人的意見だと思う。
だから、お見舞いに行かなければ運転手は当然非難される。それこそ「今回は運転手側の態度に大きな問題がある」っていう、今回の人質に対する批判意見と同種の非難だ。
しかし、外国人からみたらどうだろう。
たしかにお見舞いに行くと言う行為はいいことだ。だからといって、いかなかったら非難するというのはいきすぎだって思うはずだ。
根拠もなく非難しているって感じるはずだ。一応心の中では根拠があるんだけど、それを日本人は口に出さないから。外国人も、日本人の考えなんてわからない。ですませてしまう。
江戸時代、将軍がある藩を通っているときに襲われて怪我をした。そのとき藩主は切腹して責任を取った。このときに藩がきちんと護衛していたのかということはあまり問題にされない。ある藩は1000人で護衛して襲われた藩は2000人で護衛していたとしても切腹するのは襲われた藩の藩主だろう。交通事故でも江戸時代の話でも程度は違えどことの本質はおなじである。頭の中はいまだに江戸時代をやっていると言うのもそのとおりなのかなと思う。
しかし、結果責任というのが一概に悪いとは言えない。なぜならその意識の本質的なところは相手に対する思いやりだし、自分に非がなくとも、責任を感じて「ごめんなさいごめんなさい」って連呼してしまうような日本人はなんかいいなぁ。。っておもう。逆に謝ったら自分が悪いことを認めることになるから絶対謝らない。などといってる人間のほうが未だに戦火の絶えない世界情勢を作り出してるように思う。
問題はその負の側面をいかに消していくか。これに尽きると思う。
しかも、建前ではこの存在を否定するのに心の中では日本人のほとんどがこの正当性を認めてる。こんな二重構造、外国人に理解しろだとか言うのが無理な話で。
仮に米軍撤退して、記者会見で、ブッシュ大統領に「結果としてイラクでこんな状況になったことに対して責任を取るつもりはないですか?」って聞いてみるとどうだろう。
「あの時点の選択としては最良の選択だったと思っている」って答えが返ってくるんじゃないかな。
つまり、自分には全く非がないのに結果だけを見て非難するのは筋違いだ。ってことだね。
交通事故について考える。
信号無視して飛び込んできた人がはねられて重傷を負ったとする。
運転手は法律上は全く被害者に対して損害賠償などを支払う義務は生じないだろう。だから、運転手が被害者に対する責任はない。
さて、日本では後日になって被害者の病院に花束を持ってお見舞いに行くのが習慣になっている。しかし、運転手には責任はないのだからこのお見舞いに行くことは不要であろう。
でも運転手がお見舞いに行かなかったとしたら、おかしいな?っておもうのが日本人の常識みたいなものだろう。
どういう状況下でも相手を傷つけてしまった以上、相手に対して誠意を持って謝罪すべきだと言うのが日本人的意見だと思う。
だから、お見舞いに行かなければ運転手は当然非難される。それこそ「今回は運転手側の態度に大きな問題がある」っていう、今回の人質に対する批判意見と同種の非難だ。
しかし、外国人からみたらどうだろう。
たしかにお見舞いに行くと言う行為はいいことだ。だからといって、いかなかったら非難するというのはいきすぎだって思うはずだ。
根拠もなく非難しているって感じるはずだ。一応心の中では根拠があるんだけど、それを日本人は口に出さないから。外国人も、日本人の考えなんてわからない。ですませてしまう。
江戸時代、将軍がある藩を通っているときに襲われて怪我をした。そのとき藩主は切腹して責任を取った。このときに藩がきちんと護衛していたのかということはあまり問題にされない。ある藩は1000人で護衛して襲われた藩は2000人で護衛していたとしても切腹するのは襲われた藩の藩主だろう。交通事故でも江戸時代の話でも程度は違えどことの本質はおなじである。頭の中はいまだに江戸時代をやっていると言うのもそのとおりなのかなと思う。
しかし、結果責任というのが一概に悪いとは言えない。なぜならその意識の本質的なところは相手に対する思いやりだし、自分に非がなくとも、責任を感じて「ごめんなさいごめんなさい」って連呼してしまうような日本人はなんかいいなぁ。。っておもう。逆に謝ったら自分が悪いことを認めることになるから絶対謝らない。などといってる人間のほうが未だに戦火の絶えない世界情勢を作り出してるように思う。
問題はその負の側面をいかに消していくか。これに尽きると思う。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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