私がベンチで学んだこと。
投稿者: from_east_coast_25 投稿日時: 2004/04/27 17:18 投稿番号: [37936 / 118550]
それは”謙虚”になることです。
わたしはベンチに居ながら、なぜ自分がベンチに居るのか知っていました。それは自分のチームのマウンドに立っている男の子とキャッチボールをすればすぐ判りました。私にはこんな速い球は投げられない、あの歓声の中キャッチャーの構えているところに投げるなんてできない、それがすぐ判りました。ひとたびストライクが入らなくなれば相手から怒涛のヤジ攻撃。打たれれば監督から大目玉。自分にはとてもできないことが判れば、ベンチで得点票を付けたり審判にお絞りを持っていったりするので充分満足なんです。
野球漫画などに影響されて背番号1を着けることに憧れましたが、その名誉とともに大きな重責もあるということを想像できる人間になるべきです。他人を認め、身の程を知って謙虚になること、これを学べたと思います。
話は変わりますが、背番号11をつけた男の子の話です。控えの投手で、野球と掛け持ちでそろばんを習っていたのでたまに練習を休んだりする子でしたが、県大会出場をかけた大事な大会で、もし勝ち進んだ場合、決勝の日とそろばんの試験の日がたまたま重なってしまったんです。本人は野球に行きたがっていたのですが、そこのおばさんが試験の方に行かせると父に話していたそうです。
さて大会が始まってチームは順調に勝ち進み、ついに決勝まで駒を進めました。困ったのは彼です。彼はその日の朝、迷った挙句どうしても野球の方に行きたいと願い出て、結局なかば喧嘩越しで決勝戦の方に出てきたのです。
そしてチームは勝ち、みごと県大会出場!!
しかし...
彼に出番はなかった...
納まりがつかないのはおばさんで、その日の夜遅くうちにやってきました。明らかに”キレて”ました。それに対し父は、なんと!居留守を使い、代わりに母と私が涙ながらに我が子の惨めさを訴えるおばさんの愚痴を聞かされたのです。時間にして小一時間、玄関先で立ちっぱなしで...
でも、もし...事情を知っていたからといって、緊迫した試合でお情けで彼を使い、県大会出場を逃すようなことになっていたら...
おばさんはああ言っていたけど、とうの本人は判っていたと思う。
"今は自分の出番じゃない...”
ベンチでもいい、応援だけでもいい、それでも野球の方に行きたかったんだ、と。
これは メッセージ 37871 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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