宗教論
投稿者: lighter101rethgil 投稿日時: 2004/04/24 14:03 投稿番号: [37700 / 118550]
俺は無神論者。
戦史を学び、宗教戦争の残虐性に驚き
宗教に興味を持ち始めた。
***********************************
さて、『カイザルのものはカイザルに』はある程度、キリスト教に知識のあるクメール氏宛てのもだったので
かなり、当時のユダヤの状況を簡略化しているが
イエスの方向性は反ローマだった。
これは誰しもが認める事です。
カイザルのものはカイザルにの例え話は
ローマ帝国に服従せよと言う話では無いと思うのです。
カイザルと言う『現実』を認め
『神のものは神に』とは自らのidentity(自分自身)を見失う事が無いようにと言う話しだと思うのです。
日本もイラクもアメリカに占領されました。
日本は日本人としての貴重な自分自身をかなり失いました。
が、しかし復興を果たします。
イラクは復興を放棄し自らのアイデンティを守ろうとしていますが・・・
イラク人のアイデンティって何なのでしょう?
パリサイ派の様に一部の聖職者が民衆に民族主義を押し付けているだけでは無いのか?
時代遅れの民族主義に凝り固まったアイデンティなど捨ててしまえばいい・・・
日本の様に貴重なアイデンティを捨てるのも問題だが・・・
まずは復興が第一目標でしょう。
今のイラクを泥沼化させているのは
宗教と民族主義と部族長主義です。
イラクも当時のユダヤも少なくとも北朝鮮の様に飢えで苦しんではいない。
これは メッセージ 37684 (oixkozo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/37700.html