対イラク武力行使

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それが 流星であってほしい 

投稿者: sakura_sio 投稿日時: 2003/03/21 02:18 投稿番号: [3739 / 118550]
日本の上空には晴れ渡る長閑な青空が今日も広がっていた。
同じ空を見上げ、雲間に機影が写り轟音に身を潜める土地がある。

平和のために戦い、自国を守るべく戦地に向かうのは当然のことと思う。
しかし「敵国の自由」のために行う空爆とは、どのような論法をもってすれば納得できるのだろうか。
先手を打つことは必要と言えるかもしれないが、それが必ずしも賢い選択だったとは言い難い。


どのような理由に依っても、
戦禍の火蓋を切って落とし、そこで行われているのは間違いなく殺し合いで

先の空爆でやるせなくも死傷者が出てしまった。
大義名分がどうであれ、命を絶たれた者と家族を奪われた者がいる。
米国はもとより、賛同する日本首相も、『殺人者』と彼らに称され、何と論じるのだろうか。

フセイン政権はこれ以上続くべきではないと思う。
だがしかし、アメリカによってそこにどのような国が築かれようというのか。
「アメリカの勝利によってイラクもアメリカや日本のように自由な国になる」とメディアでコメントが流れていた。


果たして日本は『自由』だろうか   ?

主権であるはずの
国民の意見は
世論は

肝心なところで反映されなかった

日本の大数意見であったはずの「反戦」は
どうして反映されなかったのだろうか

憲法とは一体何者か

米国の戦力に頼るほか自衛の手段を持たない日本は
彼の国にあつらえてもらった「憲法」によって
自由を奪われ、拒否することも叶わず頭をかかえている。


それでも尚   「イラクに訪れるのは自由」
と信じることはできるだろうか。



いくら戦後復興に力を注いでも失われた命を償うことは出来ない。悲しみを埋めることはできるだろうか。

サダム・フセインが現地のメディアで「英雄」と称される殺戮者であるのと同様に、
手段を戦争以外にとれなかった彼が行っていることが、「殺人」ではないと言い切ることができるのだろうか…
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