>>「解放軍」は誰と戦いに・・・
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2004/04/06 17:53 投稿番号: [35700 / 118550]
>侵略軍と正面向いて反抗し、蜂起する事を私は「テロ」だとは思いません。不当な占領に対する「抵抗」だと思います。
>あなたはどこまでを「レジスタンス」
>どこからを「テロ」と考えますか?
まず一般論としては、私も侵略軍に反抗して蜂起することを「テロ」だとは思いません。
「占領」という行為自体、国連に容認されていなければ不法なのですから、そうした「占領」に対する抵抗運動はテロとして断罪することはできないと思います。ただしこの場合、民族自決権の行使による抵抗であるという正当な理由を得るには、この運動が被占領者側の「総意」であることが必要だと思います。今回の抵抗に関していうと、どうもそのファクターが揃っていない。
今回の行動がイラク国民の大多数を占めるシーア派の武闘派勢力による蜂起であっても、イラクに住むすべての民族の集約された意思が反映されての蜂起でありません。そこに、我々傍観者にも、今回の蜂起を抵抗ではなく一部の“抵抗勢力”(いわゆるエスタブリッシュメント)による権力闘争の一環でしかないとする連合軍側にも、今回の蜂起の正当性を認めない理由が出来上がります。これがイラクの泣き所ですね。統一された世論やイラク国民の総意というものを明示しにくいため、どうしても散発的な抵抗行為や今回のような(おそらく単発に終わる)武力闘争も正当な「抵抗」として見られにくい。そこに占領を正当化する側のつけいる隙があるというわけです。
「武力闘争などの抵抗行為をテロや治安を乱す行為として断罪・鎮圧したい占領側の思惑」と、「闘争を純粋な抵抗運動として位置付け、支持を全土に伸ばして自らの行為の正当化と地盤の強化を目指したい抵抗側の思惑」は、いずれもイラクという国の行く末を考えての行動ではないと思われます。
結局、正当な理由と条件が揃わない者には暴力の行使は絶対許されるべきでないというのが私の考えですね。この考えは、某トピでのかなり前のある投稿にも反映されています。
◇ ◇ ◇
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=bpjfa4lla5fa5m&sid=1143582&mid=143447
曰く、「俺自身の考え方としては、自国政府以外の勢力に対するテロを是とはせず、また他国の文民を無差別に殺戮する大量虐殺テロにも異を唱える。つまり、民族自決権の行使による政府転覆などは認めるべきであると思うが、他国に対する直接的な武力行使は認めないということ。そして、テロを起こさせるような原因(憎悪)を蓄積させた大国側の責任については、それを認識し、非を認め、改善策を実施しつつ、直接テロに加担した者やその関連組織などを殲滅するための軍事作戦に出る事は止むを得ないと考える」
「テロリストの方の偏りは、大国にへつらう自国政府や腐敗した政財界の癒着を攻撃しないで(たしかにサウジ王家はずっとこうした攻撃にさらされてきたが、テロリストたちはその矛先は変えるべきでなかったと思う)、その癒着先の大国の一般市民を攻撃するところだ。的外れとしかいいようがない。
テロリストを掃討せんとする大国側の偏りは、なにもかもをテロと関連付けて、各国内における民族自決権をも否定し掌握せんとするような対テロ戦争の解釈の独善的な拡大を行っていることにある。
これが、双方の言い分とする「目には目を」の具体化した動きであるならば、滑稽であるとしかいいようがない。両者とも的外れなのではないか?よって、俺の考え方は「目には目を」の考えに則ったテロリストたちの考え方は正当であると考えるが、何も良い結果を生まない無策であるということだ」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=bpjfa4lla5fa5m&sid=1143582&mid=143511
曰く、「ちなみに私は、『国際テロは基本的に反対だが民族自決権の行使による国内の抵抗運動のためのテロはやむなしとし、また国際テロに対してはその原因の究明と対策に取り組みつつ、実行犯らは国際法に基づいて犯罪者として処罰し、そのための限定的な軍事力の行使はやむなしとする』派です」
◇ ◇ ◇
正当な理由と条件が揃いさえすれば、テロで抵抗運動であれ、その行為は認められるべきだと思います。民族としての自決権を行使するにあたっての暴力は、その民族の総意によって裏打ちされていなければならない。したがって、私は民族の総意によって裏打ちされた暴力を「抵抗」。そうでないものを「
>あなたはどこまでを「レジスタンス」
>どこからを「テロ」と考えますか?
まず一般論としては、私も侵略軍に反抗して蜂起することを「テロ」だとは思いません。
「占領」という行為自体、国連に容認されていなければ不法なのですから、そうした「占領」に対する抵抗運動はテロとして断罪することはできないと思います。ただしこの場合、民族自決権の行使による抵抗であるという正当な理由を得るには、この運動が被占領者側の「総意」であることが必要だと思います。今回の抵抗に関していうと、どうもそのファクターが揃っていない。
今回の行動がイラク国民の大多数を占めるシーア派の武闘派勢力による蜂起であっても、イラクに住むすべての民族の集約された意思が反映されての蜂起でありません。そこに、我々傍観者にも、今回の蜂起を抵抗ではなく一部の“抵抗勢力”(いわゆるエスタブリッシュメント)による権力闘争の一環でしかないとする連合軍側にも、今回の蜂起の正当性を認めない理由が出来上がります。これがイラクの泣き所ですね。統一された世論やイラク国民の総意というものを明示しにくいため、どうしても散発的な抵抗行為や今回のような(おそらく単発に終わる)武力闘争も正当な「抵抗」として見られにくい。そこに占領を正当化する側のつけいる隙があるというわけです。
「武力闘争などの抵抗行為をテロや治安を乱す行為として断罪・鎮圧したい占領側の思惑」と、「闘争を純粋な抵抗運動として位置付け、支持を全土に伸ばして自らの行為の正当化と地盤の強化を目指したい抵抗側の思惑」は、いずれもイラクという国の行く末を考えての行動ではないと思われます。
結局、正当な理由と条件が揃わない者には暴力の行使は絶対許されるべきでないというのが私の考えですね。この考えは、某トピでのかなり前のある投稿にも反映されています。
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http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=bpjfa4lla5fa5m&sid=1143582&mid=143447
曰く、「俺自身の考え方としては、自国政府以外の勢力に対するテロを是とはせず、また他国の文民を無差別に殺戮する大量虐殺テロにも異を唱える。つまり、民族自決権の行使による政府転覆などは認めるべきであると思うが、他国に対する直接的な武力行使は認めないということ。そして、テロを起こさせるような原因(憎悪)を蓄積させた大国側の責任については、それを認識し、非を認め、改善策を実施しつつ、直接テロに加担した者やその関連組織などを殲滅するための軍事作戦に出る事は止むを得ないと考える」
「テロリストの方の偏りは、大国にへつらう自国政府や腐敗した政財界の癒着を攻撃しないで(たしかにサウジ王家はずっとこうした攻撃にさらされてきたが、テロリストたちはその矛先は変えるべきでなかったと思う)、その癒着先の大国の一般市民を攻撃するところだ。的外れとしかいいようがない。
テロリストを掃討せんとする大国側の偏りは、なにもかもをテロと関連付けて、各国内における民族自決権をも否定し掌握せんとするような対テロ戦争の解釈の独善的な拡大を行っていることにある。
これが、双方の言い分とする「目には目を」の具体化した動きであるならば、滑稽であるとしかいいようがない。両者とも的外れなのではないか?よって、俺の考え方は「目には目を」の考えに則ったテロリストたちの考え方は正当であると考えるが、何も良い結果を生まない無策であるということだ」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=bpjfa4lla5fa5m&sid=1143582&mid=143511
曰く、「ちなみに私は、『国際テロは基本的に反対だが民族自決権の行使による国内の抵抗運動のためのテロはやむなしとし、また国際テロに対してはその原因の究明と対策に取り組みつつ、実行犯らは国際法に基づいて犯罪者として処罰し、そのための限定的な軍事力の行使はやむなしとする』派です」
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正当な理由と条件が揃いさえすれば、テロで抵抗運動であれ、その行為は認められるべきだと思います。民族としての自決権を行使するにあたっての暴力は、その民族の総意によって裏打ちされていなければならない。したがって、私は民族の総意によって裏打ちされた暴力を「抵抗」。そうでないものを「
これは メッセージ 35691 (messiah2101 さん)への返信です.
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