憲法20条
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/03/03 16:09 投稿番号: [33456 / 118550]
>またカカシ氏は統一教会のメンバーでは無いと言明しているのに
『踏み絵』を踏ませる必要があるだろうか?
ハハハ、オウム真理教の時にも、「信教の自由」と言うものが邪魔して、行政の入り込むタイミングが遅れて、あの大惨事を引き起こしてしまった、と言うことになっていますよねえ?
本来、政教分離を謳っているのは、歴史的に、宗教が政治に入り込むことで、ろくなことが無かった反省からじゃないの?
アメリカの保守党と、統一教会の関係とか、レーガン時代からのつながりなんか、文鮮明自らが言明しているにも関わらず、誰もが無関心を装っている。
日本の秘書問題なんか、もうずっと以前から指摘されているにも関わらず、一向に改まらない。創価学会というカルト宗教が、政党をもって、与党保守に位置して、日本の政治決定に大きな発言力・影響力を持っているというにも関わらず、これに対しても大した非難はしない。
自分達政治家の目先の利害を正当化するために余りにも憲法20条で定められてさえいる政教分離の考え方が、蔑ろにされていないだろうか?
オウム以降に、「破防法」の導入は見送られたが、しかし、その反省から、ここのところの麻原裁判で判決とは別に便乗的に出てきた、「当局は、充分な調査の元、問題があると感じた宗教団体に対しては、信教の自由にいたずらに躊躇することなく、早急に内部公開調査に踏み切るべきだ。」と言うような、カルト宗教に対する警戒心は、やはり、このような政治的な話をしている場所では、心の何処かに、警戒心として残していることは必要ではないだろうか?
このイラク問題にも当初は、ブッシュによって、キリスト教とイスラム教との戦いが強調されたように、様々な利害関係の中で、大きく宗教が関わっている問題である。しかもその仕掛けた側の内部に、また別の破壊的カルト宗教団体が関与している可能性がアリ、その意向も資金面をベースにして、大きく繁栄されているかもしれない実態が明らかになってきつつあるときに、その意図的ともとれる情報操作を、未然に防ぎ、逆にその関与を指摘した人に対して、一方的に、人格攻撃はないだろう?
それに対して、果たして情報操作の意図があったのか無かったのか?まずその必然性とその根拠である、内部の人間か否か?・・つまり信者か否か?と言う問題を追求してみるという態度は、特に破壊的カルト宗教である統一教会がからんでいる可能性がある以上、その手を緩めることは、易々とカルトの侵入を許してしまうことにならないだろうか?
※ 先に意図的に、保守系と革新系の新聞社の名前のすり替えをして、情報操作をしようとしたのは、どちらだ?そのことを追求しようとすることは、個人の信教の自由を理由に、間違えているのだろうか?
※統一教会は、イスラム教と同じく、ユダヤ教、キリスト教と同じ神を共有する、文鮮明をメシアとする、いわば文鮮明教(つまりムン教)であり、キリスト教ではないと理解しています。
『踏み絵』を踏ませる必要があるだろうか?
ハハハ、オウム真理教の時にも、「信教の自由」と言うものが邪魔して、行政の入り込むタイミングが遅れて、あの大惨事を引き起こしてしまった、と言うことになっていますよねえ?
本来、政教分離を謳っているのは、歴史的に、宗教が政治に入り込むことで、ろくなことが無かった反省からじゃないの?
アメリカの保守党と、統一教会の関係とか、レーガン時代からのつながりなんか、文鮮明自らが言明しているにも関わらず、誰もが無関心を装っている。
日本の秘書問題なんか、もうずっと以前から指摘されているにも関わらず、一向に改まらない。創価学会というカルト宗教が、政党をもって、与党保守に位置して、日本の政治決定に大きな発言力・影響力を持っているというにも関わらず、これに対しても大した非難はしない。
自分達政治家の目先の利害を正当化するために余りにも憲法20条で定められてさえいる政教分離の考え方が、蔑ろにされていないだろうか?
オウム以降に、「破防法」の導入は見送られたが、しかし、その反省から、ここのところの麻原裁判で判決とは別に便乗的に出てきた、「当局は、充分な調査の元、問題があると感じた宗教団体に対しては、信教の自由にいたずらに躊躇することなく、早急に内部公開調査に踏み切るべきだ。」と言うような、カルト宗教に対する警戒心は、やはり、このような政治的な話をしている場所では、心の何処かに、警戒心として残していることは必要ではないだろうか?
このイラク問題にも当初は、ブッシュによって、キリスト教とイスラム教との戦いが強調されたように、様々な利害関係の中で、大きく宗教が関わっている問題である。しかもその仕掛けた側の内部に、また別の破壊的カルト宗教団体が関与している可能性がアリ、その意向も資金面をベースにして、大きく繁栄されているかもしれない実態が明らかになってきつつあるときに、その意図的ともとれる情報操作を、未然に防ぎ、逆にその関与を指摘した人に対して、一方的に、人格攻撃はないだろう?
それに対して、果たして情報操作の意図があったのか無かったのか?まずその必然性とその根拠である、内部の人間か否か?・・つまり信者か否か?と言う問題を追求してみるという態度は、特に破壊的カルト宗教である統一教会がからんでいる可能性がある以上、その手を緩めることは、易々とカルトの侵入を許してしまうことにならないだろうか?
※ 先に意図的に、保守系と革新系の新聞社の名前のすり替えをして、情報操作をしようとしたのは、どちらだ?そのことを追求しようとすることは、個人の信教の自由を理由に、間違えているのだろうか?
※統一教会は、イスラム教と同じく、ユダヤ教、キリスト教と同じ神を共有する、文鮮明をメシアとする、いわば文鮮明教(つまりムン教)であり、キリスト教ではないと理解しています。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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