アジアは一つ
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2004/01/23 01:10 投稿番号: [30781 / 118550]
>結局の所、文化の純度を保つ為には、アジアではなく一国一国の中で守るのが無難であるかもしれませんね。
無難かもしれませんが、私はこういう風に内向的、閉塞方向に進んでいくことには、あまり賛成できないのです。
特に日本の文化は、以前にも書きましたが、アジアのダイナミックな文化交流の証拠が、厳然とreal timeで残っているという意味で貴重なわけです。
つまりほとんどのアジアの文化が、この極東に、吹きだまりのように集まってきていて、それは今なお現実の生活として、それぞれがほぼ失われることなく保存されているという、現実があるのです。例えば、それは、正倉院の中で、今ではもうアジアのどこにも観れなくなった、しかしかつてはアジアのどこにでも観ることの出来た文化が、ほとんど原型のまま保存されているということからも伺い知ることができると思います。
日本人は、そういう特殊な民族であるということを、岡倉天心などは絶賛していて、この民族の吹きだまりの中で、各民族が日本列島の中に持ち寄った自分達の文化を失うことなく、他文化も同時に許容しながら並列して成立するという非常に特異な文化構造を許容しているという意味において、日本という国の重要性(存在意味)があるというようなことを書いています。
つまりそういう意味で、「アジアは一つ」という考え方は大事ではないだろうか?と私自身は考えています。
>一昨日の、最高責任者の「文化の中には、ゲームも含まれる」という演説はどうでしょうか?
昔は何かが変わる可能性を考えて期待して注意深く国会答弁も見ていましたが、最近は、また興味が無くなりました。
茶番ですよ・・・きっと・・・。
これは メッセージ 30751 (oriharconball さん)への返信です.
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