対イラク武力行使

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日常の言葉からの自由

投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2004/01/22 19:25 投稿番号: [30766 / 118550]
よく言われることだが(多分?)、それぞれの社会には「正統」にしようとする、あるいはしているものがある。その手のことは日常の言葉にハッキリと現れている。例えば宗教であれば、日本なら、仏教、キリスト教とは言うが、神道教とは言わない。キリスト教圏であれば、Buddhism、Islamismとは言うが、Chiristianismとは言わない。多分、イスラム教圏にも、同じような表現の仕組みがあると思われる。

「主義」(英語の「ism」)っていうのも、そのような一種だ。「主義」という言葉を見た途端に、日本人は「偏っている」というイメージを持つ。「共産主義」がその良い例だ。しかし、同じ「共産」でも、「共産的分配の仕組み」という表現があったらどうだろう。例えば、「共産」というのが「できる限り多くの人にできるだけ平等に富を分配すること」という定義であったら。一般的な定義とはまったく別の様相を呈してくる。

俺たちは、「共産主義」とか「資本主義」とかという手垢にまみれた言葉に浸りすぎている。そのために、最初から、手垢にまみれたイメージで物事を語りすぎている。自分たちの日常の具体的なから社会をイメージすべきだ、と俺は思う。そして俺が、そもそも大切と思うことは、「富をどのような仕組みで分配するのか」ということだ。本人が一生かかっても使い切れないような金を手にし、それを成功者と称賛するアメリカのような仕組みを見ると、俺はやはり、「何でお前そんなに金が必要なんだ?」って聞きたくなる。
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