対イラク武力行使

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サリンを使った米軍は・・・

投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/01/15 19:31 投稿番号: [30228 / 118550]
  敗戦が決まっている日本に原爆2発も落とし、それを一度も反省などしない国の権力者が残酷で無慈悲であることは当然です。ブッシュが知事時代、笑いながら死刑執行にサインをしたことは有名ですが、それはすべてのアメリカの指導者に共通する資質でしょう。

  テロ国家アメリカのキューバに対する生物・化学テロは数え切れないほどくり返されましたが、今回はボンビー弾の不発弾で今も苦しむラオスの話です(注:毎年数千人〜数万の死傷者)。

  先日以下のようなことを書きました。


  この頃テレビで平沢勝栄が「フセインは過去に大量破壊兵器を使った」そういった時、鳥越俊太郎がいいました。「アメリカも過去に原爆を使った」と。平沢は黙りました(笑)。

  それが、私がテレビというメディアで見た最も有効な反論でした(笑)。



  鳥越は原爆を持ち出しましたが、まあ化学兵器、そうズバリ、“サリン”を持ち出しても良かったのです。フセインに化学兵器のすべてを与えたのは米・英なのですから、奴らに実戦経験があっても不思議ではないからです。

  以下、ウィリアム・ブルム『アメリカの国家犯罪全書』(作品社・益岡賢/訳)

  1970年9月、ラオスで「追い風作戦」を遂行していた米軍は、ある村のキャンプを攻撃する際、村への侵入を容易にするために噴射式サリン神経ガス(CBU−15あるいはGBと言われているもの)を使用した。この侵攻の目的は、そこにいると思われた脱走アメリカ兵たちを殺害するというものだった。作戦は100名の兵士と文民を殺すことに成功した。そのうち少なくとも2名がアメリカ兵だった。攻撃開始前のサリン・ガスで殺された人がどのくらいで、攻撃自体で殺された人がどのくらいかは分かっていない。

  ・・・中略・・・

  村を侵略したアメリカ兵たちは、撤退時に、優勢な北ベトナムとパテト・ラオ(注:ラオスの左派勢力で「ラオスの国」の意味。「ラオス愛国戦線とも言う。)の兵士に出くわした。アメリカ兵たちは空からの支援を求め、まもなく米軍機がやってきて敵の頭上にサリン・ガスの弾筒が投下された。弾筒が爆発し、湿った霧に取り囲まれた敵の兵士たちは地面を転がり、嘔吐し痙攣した。ガスの一部はアメリカ兵の方にも広がった。アメリカ兵も全員が十分な防御装備を身につけていたわけではなく、ひどい嘔吐しはじめた者もいた。その一人は、現在、進行性麻痺にかかっており、医者は神経性ガスによるものと診断している。

  以上の事件は、1998年6月7日、「ニューススタンド   CNN&タイム」というTV番組で報道された。1970年統幕議長だったトマス・ムーラーをはじめ、軍関係者が人によっては顔を隠して登場し、この事件について認めた。


  というわけで、誰かが「フセインは過去に大量破壊兵器を使った」と言った時、もちろん「米・英の多大な協力の下で!」を付け加えるべきだと言うのはもちろんのこと、「1970年、米軍はラオスでサリンを使った」と言うべきでしょう。

  さて逮捕すべきはだれでしょう?
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