強盗を自慢するのか?
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2004/01/14 08:46 投稿番号: [30138 / 118550]
日米の戦いをことばの正確な意味での強盗同士の戦いと規定した時、強盗に強盗を裁く権利はないという論理は成り立つ。
上層部の軍事クーデターというべき明治維新から日本がめざしたものは富国強兵。その内部で何が起きていたかといえば、富の収奪であろう。だれの富がだれの富へと流れたかを想像できねば、強盗国家を自慢する立場もある。
もしあなたが女工であったなら、奴隷のように結核で死んだかもしれない。その稼ぎ出した富は一部の人間に集中したが、運良く生き残った女工が内部の強盗と手を取り合って強盗国家日本を自慢するというのは、悲しさを通り越して滑稽な絵であろう。
天皇教カルトの国民には敗戦時に戦争指導者を裁くという知恵さえなかったであろうし、指導者と自らの立場を逆転させるという革命の発想もなかった。そういう目出度い奴隷なら、「みんな悪かった」といわれれば、「はい、そうでした」と答えるものだ。
この奴隷根性を民衆に植え付けておくプロパガンダの一つに欧米強盗の戦いを恥じない立場だ。強盗であっても構わないという立場だ。それは高々戦場になったアジアにはすまないというぐらいの立場。
強盗が日本内部で働いた悪事を裁かない、裁けない目出度い国民が寄り添って9割の貧民になりながら小泉を支持していく未来はもうすぐだ。
正義がいくつもある?馬鹿を言うな!戦犯の名誉回復?目出度いにもほどがある。
「人のものは取るな!もっらたものは分けよ!」「人を殺すな!」、その程度の常識さえないなら人間をやめろ。
東京裁判?“民衆裁判”でヒロヒトを処刑できなかった愚民がつべこべ言える立場か?
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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